Novel 1st

□むしろ加害者
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どうしてだろう。

バッチいじりの手がうまく動かない。

頭も重いし、体はだるいし、喉が痛い。

さすがに堪えられなくなってベットに身体を投げ出すと急激に眠気が襲ってきて、朦朧としていた意識は柔らかな毛布に吸い込まれるように遠ざかっていった。

ああ、完璧に風邪ひいた。

頭の中で呟くと、窓から秋の始まりを連想させる冷たい風が吹き込んだ。



「大博士、博士いる?」

「あー、せがれなら部屋にいると思うぞ」

「わかった、ありがと大博士!」


御礼を言ってそのまま店の奥に入り込む。

慣れた足取りで廊下を進むと、遠慮とか礼儀とかを知らないような我が物顔で、ある扉を開け放った。


「博士っ、マブスラしようぜ!」


うるせえクソガキ、てめえはノックって言葉しらねえのか。

いつもなら聞こえるその怒声が、今日はなかった。

不思議に思って部屋を見回すと、探していた主は机ではなくベットの上にいた。


「…博士?」


枕元まで近寄っても、色黒の彼は目覚めない。

試しにぺち、とでこを叩いてみて、その人物の異常に気がついた。


「…痛ぇよ」

「博士、すごい熱!」


衝撃で目を覚まして、まず始めに聞いたのがその叫び声。

ゼタうるせえ。

言葉にしようとして声がうまくでないのに気がつく。

そうこうしてるうちに目の前の少年は自分に布団を被せてきた。

頭から。

そのまま押さえ付けてきた。

頭から。


「博士っ、今日はマブスラいいから!布団はいって!」


いいもなにも、いつもおしかけてくるのはお前だろ。

頭で思っても言葉はでない。

口も鼻も布団ごと押さえられてるから。


「寝てて!博士寝てて!!」


心配そうな声が布団ごしに聞こえる。

ごめん、むしろお前が加害者。

呼吸困難から逃れるために布団をはがそうと試みるが、それは全て修斗に阻止される。


「駄目だって!しっかり寝てなきゃ!」


ああ、むしろ永眠できる。

悪化の危険からいっきに命の危険にランクアップだ。

しかしそんな事には気付かない修斗。

俺…消えるのか?

いやいやいやいや言ってる場合じゃねえ。

なにか。

なにかないか。

このピンチから逃れる為のなにか。


「………ず」

「え?」


必死に声を絞り出す。

しかしその声も布団に遮られてくぐもった物になってしまう。

修斗が手の力を弱めたのがせめてもの救いか。


「…水」

「水?水だね?わかった、いま持ってくる!」


ぱっと離れた手と無くなった圧迫感。

助かった。

酸素を取り込む為に必死で息をすると、気管に空気が引っ掛かるような感覚がして咳が出た。

こういう少し重めの風邪の時はゆっくり寝たい、のだが。

さっきの様子からして、修斗がいる限り無理なんじゃないかと思う。


「博士、水持ってきたよー。」

「…ああ」


布団から体を起こして水を受け取る。

ラーメン屋のコップだった。

ゆっくり喉に流し込む間も、赤いはちまきをまいた少年はこちらを心配そうに見つめていた。


「博士」

「…あ?」

「大好き」


思わず水を吹いた。

ついでに気管に入ってむせた。

喉風邪も便乗して苦しくなるくらいの咳が出た。


「お前、突然なにっ…!!」


叫ぼうとしても言葉にならず、荒れた喉に邪魔されて咳に変わる。

突然、何を言い出すんだコイツは!


「わわっ、博士、大丈夫か!?」


悪ぃ、むしろお前が加害者。

そんな心の叫びが通じたのか、はたまた偶然か、少年は自分のランドセルを背負ってドアの前に立った。


「ごめんな博士、邪魔しちゃったみたいでっ!ちゃんと寝てろよっ!」


バタンと音をたててドアが閉まる。

嵐のように過ぎ去っていった赤いはちまき。


――大好き。


その言葉が頭の中を駆け巡って。


「…は、あんなクソガキ…」


かすれた声で呟く。

ゲホ、と再び咳をすると、今度は喉の痛みがいっそう増していた。


【むしろ、加害者】
―…だってどうしても言いたかったんだ。


→後書き
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