Novel 1st

□CRAPPY BIRTHDAY
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手の中の包みを見つめてため息をつく。
僕はまだ悩んでいたのだ。

授業の内容だってこんなに頭を支配することはありえなかった。
解き方なんてたいてい、どこかに書いてあるものだから。

だけどこれは違う。
解き方も答えすらもない。
だからこそ、僕は悩んでいたのだ。




「あの、六さん」
「ん?どうした隼人」
「あーいたいた、六さん!」

えっと、と口を開いた瞬間、後ろから隆太の声がした。

「お誕生日おめでとうございます!」

ごとん、と、心が音をたてた。

あ、
ああ
先、越された。

「おーありがとな」
「で、プレゼントなんですけど!」
「おう!」
「給料日前なんで勘弁してください!」

そう言って彼は手を合わせて後ずさる。
しかし六がそれを逃がす訳はなく、座ったままの体制でしっかりと隆太の制服のズボンの裾をつまんでいた。

「リュー、覚悟はいいか?」

にっこり、爽やかすぎる程の笑顔が隆太を突き刺す。
それを見た彼もその顔に引き攣った笑みを浮かべた。

危険を感じ取り力ずくでも後ずさろうとした足は六の指先に捕われたままでぴくりとも動かない。

にこにこ笑った六の空いているほうの手が、ゆっくり刃へと動いた。

「あ、はは、冗談きついですよ六さん刀しまってくださっ、ごめんなさうぎゃぁああ!!」

わずかにゆるめた指先からどたばたと逃げ出す隆太を、腹を抱えて笑う六の傍らで、隼人も彼を嘲るように笑った。

ああその光景は楽しくて、いつもの組そのもので、

だけどどこか、お腹の奥がやたらと冷たかった。


「で、隼人は?」
「あ、…六さんお誕生日おめでとうございます」
「ん、ありがとな」

そう、六さんは笑う。

誰に対しても同じ笑顔なのかな、なんて考えて、

考え、たら、


「…隼人?」
「六さんいくつになるんですか?…って聞かないほうがいいのかな、こういうの」
「おい、隼人、」
「これからも宜しくお願いしますねー。僕等、六さんの音が好きで集まってるわけですし。」
「隼人!」
「じゃあ僕も忙しいんで帰りますね、学生はおとなしくお勉強でもしてきます。」

「……ッ、隼人!!」

背を向けた僕の肩を六さんが掴んだ。

この必死な声を、この優しいお方は何人に出してきたんだろう。
大きな暖かい掌は、何人の肩を掴んできたんだろう。

六さんは凄くて、かっこよくて、優しかった。
優しくて優しくて、優しすぎて。
僕はその六さんの優しさが大好きで、

同時に嫌いだった。


「なん…ですか、六さん」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎、お前なんで、」


六さんは優しいから、
優し過ぎるから、
誰に対しても暖かく微笑んで、笑って、

そう、
決して僕は特別なんかじゃなくて、
僕なんてたくさんの「誰か」のうちの一人にしかすぎなくて、

六さんが僕にくれる暖かさとか、それで僕はすごくすごく救われている訳だけれど、
だけどそれは、

誰に対しても同じ笑顔なのかな、なんて考えたら、

「お前なんで、…泣いてんだよ」

なみだがあふれた。

「…泣いてません」
「だけど今」
「泣いてませんってば!」

ぐい、と袖で目を擦る。
指がわずかに触れた顔はやたらと熱かった。

泣いてない。
泣いちゃいけない。
だって六さんが心配するから。
六さんに困った顔なんてさせたくない。
見たくない。
だから、泣いちゃいけない。

後ろで六さんがため息をつく音が聞こえて、彼が困ったように眉を歪めるのが目に見えるような気がした。

それに我慢できなくなって駆け出そうと足を踏み出したその時、

「…ちょっと落ち着け」

掴まれていた肩を逆に強く引き寄せられた。

「、ぁっ」

足が浮いていたせいで大きくバランスを崩す。
きちんと地についていたはずの足も宙に投げ出されて、一瞬、たしかに身体が浮いた。

頭と背中に強い衝撃。
仰向けに倒れた状態で目を開くと、少しびっくりしたような六さんの赤い瞳が目に入った。

まさか倒れるとは思わなかったんだろう。

六さんが僕の隣にしゃがむのと、僕が慌てて体を起こしたのはほとんど同時だった。

その場から離れようとする僕の手を掴んで、六さんが僕を引き留める。

ああ、そんなに必死な顔、を、して。

「落ち着けって。…なにがあった?」
「なにも、ありません」
「なにもなくて泣く人間がいるのか」
「泣いてっ、ません!」

へたりこんで俯いて。
眉にシワがよる、歯を食いしばる。

そんな僕を見て、六さんはぽんぽんと頭を撫でた。


悔しかった。
惨めだった。
醜い独占欲にまみれた自分に、冷静な頭の中はしっかり気がついていて。
それが尚更情けなかった。

「…六さん」
「ん?」
「僕は六さんが好きです」
「ああ」
「誰より一番、大好きです」
「ああ。…知ってるよ」
「六さんの一番は、誰です、か?」

必死に搾り出した声は、情けなく震えていた。
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