Novel 1st

□息抜き
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少年は涙を流した。
もう二度と会えぬという事を唐突に理解した為である。
先刻降り始めた雨粒は勢いを増し少年と少女の姿を濡らしてゆく。
少年が涙を流す傍ら少女は静かに微笑っていた。
その笑顔に零れた雫は涙か雨粒か。
哀しい少女は口を開いて、


「散歩にいきませんか?」


慌てて振り返ると、図書館の司書が静かに佇んでいた。

「…ミシェルさん?」

自らの執筆していた物語から急に現実に引き戻され、文彦は目をしばたたく。

「今日はとても良い天気なんです」
「…はあ、」
「散歩に行きませんか?」

にっこり、微笑みながら彼は言う。

窓の外を見やると、成る程たしかに澄んだ青が広がっていた。

暖かそうなやわらかい春の日差しに、青々とした新芽を広げた常緑樹。
この分なら桜も咲いているだろう、が。

「…ミシェルさん」
「はい?」
「僕は今、原稿を書いていたんです、が」
「そうですね」

それがどうした、と言わんばかりの青年に、文彦は持っていたペンを握りしめて告げる。

「〆切りは、明後日なんです、が…」
「ええ、そのようですね」

青年はぴくりとも笑顔を変えずに受け答えた。

やらなければいけない事があるから、そんな暇は無い、と。

こちらの言わんとしている事がわかっていない訳がない。
この人はあえてやっているのだ。

「文彦さんの事ですから、もはや終わらない量ではないのでしょう?
そんなに根を詰める意味もありませんし、何より息抜きも大切ですよ?」

ほら、やっぱり。

そう言って貴方は右手を差し延べて、空と太陽の瞳を細めて笑うんだ。

「散歩に行きませんか?」

もう一度。
彼の作り出した、有無など言わせはしない、なんて空気に徐々に吸い込まれる。

もはや逃げられない。

「…少しだけ、ですよ」

手に持った万年筆を机に置くと、ミシェルさんは満足げに微笑んだ。


【息抜き】
―…本当は、あなたと一緒にいたいだけ。


→おまけ、後書き
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