Novel 1st

□夢現
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ただいま、と。
あの聞き慣れた低音が聞こえて。
被ったヘルメットに手が乗せられた。

嘘、だ。
こんな、こんなの嘘だ。
こんなに早く帰ってくる訳が、ない。

僕は信じられなくて、だけどこの声は確かにあの人で。

振り返る。
振り返る。

視界に飛び込んだのは、蒼い髪。紅い瞳。

嘘だ。
こんなの、こんなの嘘だ。

六、さん…?
声をあげたら、
なんて顔してんだ。
そう言って笑われた。

だって、信じられないんだ。
会いたくて、会いたくて、待ってた人が、
今自分の目の前にいて、
笑って、る。

ただいま。
もう一度、彼が言う。
抱きしめられて、その腕の中で涙があふれた。

ああ、六さん、が、ここにいる。

待って待って、待ち望んでた人が、
僕のところに帰ってきてくれた




夢を見た。




「六さん…」

呆然と、呟く。
外はもう夕闇に呑まれつつあって、自分は誰もいない教室の自席に一人突っ伏していた。

目が覚めたら泣いていた。

夢では嬉しくて泣いた。
現では哀しくて泣いた。

嘘だった。
夢だった。

眠りから覚めたらあなたは僕のところになんていなかった。

ああそういえば、あなたの手の重さも、抱きしめられた温もりも、流した涙の冷たさも。

なんにも感じてはいなかった。

「………六、さっ」

哀しくて切なくて寂しくて、苛まれる孤独感。


椅子を立った。
鞄を持った。
廊下を走った。
階段を降りた。
上履きを脱ぎ捨てて、ヘルメットを被った。

もう止まらない。

昇降口から出る。
スケボーに乗って地面を蹴る。
体を浮かせて階段を飛び越えた。
重心を前へ。
もっと速く、もっと速く。
加速していくスピード。
まだ足りない。
もっと、もっと。


貴方のところまで、
辿り着けるくらいに。


小さな車輪じゃ足りない。
貴方はあまりに遠すぎて。
こんな板じゃ届かない。

ああ、だから、


「…………っ、」


荒い息を落ち着けることのできないまま、その屋敷を見つめる。

瓦屋根の平屋敷。
いつも騒がしいそこには人の気配がなかった。


当然だ
主がいないのだから


「…………。」

俯く。
力が抜けたようにしゃがみこんで、小さな板を抱き抱えた。


小さな車輪じゃ足りない。
貴方はあまりに遠すぎて。
こんな板じゃ届かない。


「六さん」

ああ、だから
僕には望むことしかできない

「会いたい」


貴方が早く、帰ってくることを。



「そうか」


ただいま、と。
あの聞き慣れた低音が聞こえて。
被ったヘルメットに手の重みを感じた。


【夢現】
―…こんなの、嘘だ!


→おまけ・後書き
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