Novel 1st

□RAINY DAYS
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「―…あ、」

はたはた、とあちこちに水滴が落ちる。
その感覚はみるみるうちに縮まり、ついにはザアと音をたてて渋谷の街に響き渡った。

「やべっ」

パートナーの手をひき、慌てて近くの建物の陰に滑り込む。

ライブハウスの大きな屋根は雨を避けるのには充分だった。


「あーあ。濡れちゃった。」

「お前が走るの遅いからだろ。」

「フフ…僕、疲れるの嫌いなんだよね。」


ほんの少しの距離だったが、雨の勢いのせいか湿ったヨシュアの髪から雫が零れ落ちる。

それは自分の髪も同じで、二人してすっかりびしょ濡れになってしまっていた。

「…あ、ネク君」

「ん?」

「それ」


ヨシュアはこちらの耳を指差す。

そのまま手を耳に持っていくと、触れたのは固いプラスチックの物質。

「あ…!」

そこで、自分が電化製品を使用していた事に気がつく。

慌ててヘッドフォンを外した。
首から下げたMP3もやはり雨に濡れている。

カチカチとボタンを押しても反応してくれない。

どうやら水が入ってしまったようだった。


「壊れちゃった、かな」

「…嘘だろ…」


はあ、と大きくため息をつく。

修理か、買い替えか。
どちらにしてもお金がかかる。


傷心のまま携帯音楽再生機器をもてあそんでいると、ヨシュアがじっとこちらを見つめてきた。


「ネク君がヘッドフォン外してるの、始めてみた」


まじまじとこちらを見るヨシュア。

いつもより距離が近い。


「…そんな珍しいもんでもないだろ?」

「珍しいよ。だってネク君だもん。」


音楽を聞くためというよりも、他人を遮断するためのヘッドフォン。

遮断している「他人」には当然、目の前の少年も当て嵌まるわけで。


「ねえ」

「ん?」

ヨシュアが口を開く。



「なんでネク君はそうやって全部を拒絶するの?」



じり、とヨシュアが一歩だけ近づく。
反射的に後ずさるとポスターの貼られた壁に背中がぶつかった。

「どうしてそうやって、何も受け入れないの?」

横への逃げ道がヨシュアの手で塞がれる。
いつもと違う、哀の色をたずさえた瞳と目が合う。

「喜びも悲しみも怒りも憂いも慈しみも切なさも苦しみも悔しさも希望も絶望もなにもかも拒絶して、何を求めてるの?」

おかしい。
こんなのおかしい。

頭の中が混乱している。

こんなのこいつのキャラじゃないだろ。

やまない雨の音がやたら遠くに聞こえる。
落ちてくる雫が屋根やコンクリートに当たって弾ける音はいつもより鮮明に聞こえた。

目の前の瞳。

わからない。

何が欲しいか?
何を求めるかって?

わからない。
そんなの考えたこともない。

なんで拒絶するかって?

わかりあえない奴らに無理に合わせるなんて疲れるだけだろ。
それなら始めから接しないほうがいい。

だけど言葉がでない。
でてこない。

かろうじて口を開く。

何故か渇いていて声がでない。
しゃっくりのような何かが邪魔をする。

言うことなんて決まってる。

他人の価値観に意味はない、って。
自分が傷つくくらいなら始めから付き合わないほうがいい、って。
騙したり騙されたり裏切ったり裏切られたりするのなんて嫌だ、って。
そう言うだけだ。

なのに。

言えない。
言わない。
言いたくない。
言っちゃいけない。
そんな気がした。



「……ごめん」



ふいにヨシュアが俺から離れた。

数歩さがって、ばつの悪そうな顔で謝罪をのべた。


「ごめんネク君、変な事言ってごめん」

「え…、何…?」


急に謝られたもんだからなにがなんだかわからない。

再び顔を上げたヨシュアはいつもの微笑みで、こちらを見てそっと手を延ばした。


「ごめんねネク君。もう泣かないで?」


ヨシュアの白い手が頬に触れる。

伝っていた雫とか、
変に熱をもったような顔とか、
もらしていた鳴咽とか、

その時に初めて気がついた。


「っ…え、俺…泣いて…?」

「気がついてなかったの?…変なネク君」


相変わらずの笑顔をこちらに向けると、ここに入って来た時の俺のように、ヨシュアは俺の手をひいた。


「ほら、雨。もうやんだよ。」





【RAINY DAYS】
―…雨。時々、涙。



→おまけ、後書き
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