Novel 1st

□トリックオアトリート
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まず目に入ったのは、
目の前に突き出された籠にぎっしりと詰められたお菓子。

セロハンに包まれた小さな飴。
銀紙の巻き付いたチョコレート。
カボチャの形のクッキーに、パステルカラーのマシュマロ。

他にもたくさん。

目に痛いほどカラフルに彩られた籠にはコウモリを連想させる形の飾りがついていた。


「…なんのつもりだ?」

「あれ、まさか猩くん知らないの?」


カレンダーの日付は10月最終日。


「今日はハロウィーンだよ」

「…だからなんだよ」

「ハロウィーンといったらお菓子だと思わない?」

「はっ、くだらねえ」

「猩くんはトリックオアトリートしないの?」


その言葉にそっぽをむくと、菓子籠を持った少年に背を向ける。

なにかされそうな予感がしなかった訳ではないが、子供扱いされているような気がして無償に腹がたった。


「…猩くん」

「っるせえな、まだなにかあんのか」

「お菓子ちょうだい?」

「…は?」


思わず振り返る。

訳がわからない。
こいつさっき俺にむかって「言わないのか」なんて聞いていたじゃないか。

そいつにむかって「お菓子ちょうだい」?

理解できないにも程がある。


「お菓子。くれないの?」

「…お前それだけたくさん持ってるじゃねえか」


菓子籠を指差すものの、彼は「それとこれとは別だから」と話を受け流す。

別では、ないだろ。


「…くだらねえ」

「じゃあ、くれないんだね?」

「当たり前だろ」


渡す菓子も無いしなと残して、再び彼に背を向けようと踵を返した。


刹那、視界の端に映った白く細い腕。

頬をその二本の手で掴まれて。

紫の瞳が言葉を発する間もなく目の前に迫った。


どさ、と。


菓子籠の落ちる音を聞いたのは、その後だったと思う。


何がおこったのかわからなくて、ただ目の前の少年の瞳を茫然と見ていた。


「ご馳走様、猩くん」


どこか満足げに笑う少年の言葉で、ようやく自分のされた事に気付いた。


「て、めっ…!何っ…!」

「だって猩くん、お菓子くれなかったじゃない」


落ちた菓子籠をひょいと拾いあげ、そのまま引き止める暇もなく目の前を過ぎていく少年。

じゃあね。
楽しげに微笑んで、部屋から出ていった。


「っ…あのヘクトパスカルが…!」


憎々しげに呟いて、触れ合わされた唇に触れる。

その瞬間は一瞬だったのか、それより長かったのかはっきりとはわからなくて。

ただ、
その感触だけがいつまでもそこに残っていた。



【Trick or Treat】
―…お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。



→後書き
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