Novel 2st

□歌唱
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俺が神様の宴へ持って行った音を、今彼は目を閉じて聞いていた。

あれだけ大きな会場でのシロモノなのだからここへ来ずとも他で聞くことが出来る筈なのに、鬼火はわざわざ自分のいる一京さんの寺院までやってくる。
以前それについて面倒じゃないのか尋ねた時、彼は俺に会いに来る口実になるとさらりと言ってのけた。
いつも通りの軽い口調で、なんて小恥ずかしいことを言うのだろうといたたまれなくなったのが、今からだいたい一年程前の話だった。


「星人って歌わねえの?」
「歌わない」
「なんで?」
「そんなに上手い訳じゃないし、周りがうまいひとばっかで嫌だ」

妙や雫をはじめとして、椿さんも育江さんもみんな、この寺院に近しい人間は歌唱力が評価されている人達ばかり。
それは今目の前にいる遊び人だって例外じゃない。

そんな面子の中で素人の中途半端な歌声を披露する勇気は自分には存在しなかった。
こちらの主張に鬼火は納得したように頷いて、
それから小さく息をもらす。

「つまんねえの」
「どうして」
「聞いてみたかったから」

子供のような主張に呆れるように彼の手からヘッドフォンを奪い取る。
コードをまとめて、こじんまりしたオーディオの上へ置く過程を鬼火はじっと見つめていた。


「星人」
「なんだよ」
「歌って」
「嫌だ」


要求を拒否して彼のいる方向から眼をそらすと、星人の部屋に唯一の家具といってもいいちゃぶ台が目についた。

その上には小さなメモ用紙が数枚。
外出していた自分への書き置きで、ここからだと六のところへ用があるから夕方くらいまで留守にする、という一京さんの達筆が踊っているのが見えた。

自分の片目だけの視力では視認するのは難しいが、同行する人間は妙と雫だったはずだ。
その下は四天王で会合があるらしい極卒のメモだったような気もする。

椿さんが外にいるものの、事実上寺院にいるのは自分達二人だけだった。


「星人」


一歩こちらへ踏み出した鬼火の足元、畳が擦れてざりりと音がした。

自分が見ている前でもう一歩。
目と鼻の先にまで来た彼が、悪戯そうににい、と笑った。

嫌な予感。
鬼火がこういう輝かんばかりの笑顔を浮かべるときはたいていろくなことがない。

手が延びてくる。
その身の憎たらしい程の健康体に、似ても似つかない真っ白い手。
それが自分の肩へ届く寸前、彼の身体は轟音と共に視界から消えることになった。

「寄るな変態」


蒼い髪に向けて、力いっぱい振り下ろしたテレビの下に鬼火が沈んでいる。
ただの電化製品でもこうなれば凶器だ。
いくらお化けでももうしばらくは復活しないだろう。

「…そのまま死ね」

ふうと息をついて窓の方を見ると障子の向こうでなんだかよくわからない鳥の鳴き声が聞こえた。
ようやく平和になったと言わんばかりに、畳の上で蛙のように潰れる鬼火を一瞥すると、星人は長く小さく息をついた。

その目が開かないのを確認してから、星人はゆっくり口を開いた。


【歌唱】

―…紡ぐのは恋歌。



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