Novel 2st
□迷子
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「しょーうちゃん」
「……いつから見てやがった」
「さっき、服飾店の前を通ったデショ?
俺はちょうどそこから出て来るところだったってワケ。
まさか猩ちゃんが子供好きとは思わなかったヨ。」
ママ、どこ?
どこかで声がした。
母親を探して、大切な大切な、自分を守ってくれていたなにかを探す声。
ママ、どこ? ねえ、ねえどこ、ママ…
段々とパニックになって、そのうちに涙まじりになりながらも呼び続ける。
置いて行かれたのか、もう会えないのか、なんて。
そんな訳は無いのにとんでもない孤独感に襲われ、どうすればよいかわからない、子供特有のいわゆる「まいご」。
泣けば叫べば喚けば誰か自分を見つけてくれる。
なんて甘い考えだろう。
無邪気だと、ただそれだけで許されるというのはなんとも羨ましいものである。
「…少年、まいごか?」
「ママ、ままがあ、」
「そうか母さんと来たのか。
お前はどっちから来たんだ?」
「あっち…」
「あっちだな。
じゃあ一緒に探そうか」
しゃがんで目線を合わせると、小さな少年はくしゃくしゃな顔を少しだけ緩めてコクンと頷いた。
まあ、程なくして少年の母親は見つかった。
涙の消えた少年は、探していたママを人込みから見つけ出しそちらへ駆けて行き、
代わりにコイツが現れた、と。
そういう訳だ。
とっとと視界から消そうとすたすた道を行っているのに、にこにこ笑う彼は同じ速さでついてくる。
その手に抱えた紙袋には確かに通り過ぎてきた道にあった、大型チェーン店のマークが入っていた。
しかしそれはかなり前のことで、ああ、まさかこいつその間ついてきていたのか。
一言くらいなにか言えば言いというのに、迷子連れの自分をずっと見ていたのだろう。
恐らく趣味悪くにやにやと笑いながら。
「別に子供が好きな訳じゃねえ」
「じゃあ気まぐれ?
相変わらず面白い人だネ。
どう、この後お茶でも」
「断る。
とっとと帰れ暇人。」
吐き捨てるように言えば、赤毛の少年は肩をすくめて大袈裟に手をふってみせた。
「ニートよりマシだヨ」
「ニートじゃねえ」
「残念ながらオレ、あんま猩ちゃんの活躍は耳にしてないんだケド」
「るせぇ、黙ってろ」
ふと気がつけば路地だった。
冒頭で子供が泣き叫んでいた、そして自分が座り込んでいた、ライブハウスの裏路地。
子供もその親も生きていた。
かつて自分もああやって、なにかを捜し求めていた記憶はあるけれど、それがなんだったかは思い出せない。
とうに記憶の彼方だ。
わざわざ生者に視認できるようにしてまで子供を助けたのは、自分と重なるものがあったからだ。
求めたものが見つからないのは自分だけでいい。
自分だけで充分。
なにがわかったわけでもないのに、何故かそう感じた。
狩谷は立ち止まってじいとこちらを見つめている。
居心地が悪くてなにか言おうとした瞬間に彼は口を開いた。
「ねえ猩ちゃん、もしもオレが迷子になったら一緒にいてくれる?」
路地は仄暗くて、相手の顔がよく見えなかった。
ただその影だけがやたら色濃くうつしだされて、夕刻の赤い景色にくっきりとその影を残していた。
その色は暗くて、真っ暗で、寂しくて。
なんだかしらないけれど、鏡を見ている気分にさせられてどきりとした。
「その前にいなくなるんじゃねえ、迷惑だろ馬鹿野郎」
「アラ、そんなこと言っちゃう?」
「当然だ、早く仕事戻れ」
「ロクに指示もないくせによく言うヨ」
まいごまいごまいご。
まよってしまった小さな子供。
なんでここにいるの?
なにがしたいの?
なにを求めてるの?
わからないわからない。
自分も目の前の少年も、
まいごまいごまいご。
とんでもない孤独感に襲われて、それなのに自分はどうすればわからない、子供特有の。
「ねえ、迷子の猩ちゃん?」
「誰が迷子だ」
「迷子でしょウ?
猩ちゃんはどっから来たの?」
「…初めから聞いてやがったのか」
「まっさかー。」
身を屈めて、自分よりも背の小さい少年に目線を合わす。
金の瞳、強気な輝き。
自覚の無い迷子。
「ねえ猩、」
「っ…」
名を呼ぶと驚いたように瞳が揺れる。
ああ、なんて愛しい上司だろう、か。
「じゃあ迷っちゃったらいつでもおいで。
俺が一緒にいてあげル。」
ぐしゃぐしゃと帽子ごと頭を撫で回す。
南師はひどく不快そうに眉を歪めて、子供扱いすんじゃねえ、と悪態をついた。
【迷子】
―…あの子供も、今ごろ母親に撫でられているのだろうか、と。
→おまけ、後書き