Novel 2st

□「愛しているよ」と声がする
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「もうやだ」
「うん」
「疲れた」
「うん」
「消えたい」
「うん」

テレビにもたれ掛かって膝を抱えて。
ぽつりぽつり、呟くような言葉の一つ一つに彼は相槌をうってくれた。

か細い声でもきちんと応答する少年は、こちらの話を真剣に聞こうとしているというより、
むしろ自分の機械いじりの片手間に相手をしているように見えた。

嫌じゃない。
むしろそのほうが良かった。
だって今自分が求めているのは目の前の彼では無かったし、
まともに話を聞かれたら逆に自己嫌悪に陥りそうだったから。


「俺が消えたら、あいつどうするんだろうか」
「怒り狂うんじゃないかと僕は思いますよ」
「何故?」
「自分に怒りの矛先を向けて、堪え切れずに周囲に当たり散らして自己嫌悪に苦しんで、
そして最後に後追い心中した人間を、僕は一人知っています」
「……ふう、ん」


沈黙すると、かちゃかちゃと金属の触れ合う音だけが部屋に響いた。
極卒の部屋は自分の殺風景なそれとは違い、なにかの研究室のごとく沢山の物が置いてあった。


「その人、恋人のこと随分愛していたんだ」
「それはもう、溺愛でした。
…だから恋人と言うんだと思いますが」


ちらりと極卒を見ると、なにかを思い出すような遠い眼をして、たしかに笑っている彼の姿が見えた。

自分達はお互いの過去を知らない。
なんとはなしに感じるものはあったけれど、詮索されることが嬉しいものではないと知っていたからだ。


「…俺にはわからないよ」
「なにがですか」
「全部。
どうしてそんなに愛せるのか、愛されるのか。」

だって


「俺にそんな価値、無い」


なにも無いはずの右眼が、小さく疼いた。


「そんな対した存在じゃない。
だから愛されてなんかない。
だから愛せないよ。
一番愛してる奴に、一番に想って貰えなかったら、そんなの苦しいだけ、だ。」


だから愛さないままで。
想わないままで。
恋い焦がれないままで。

だって、苦しいから。


「星人」
「なに?」
「面白いことを教えて差し上げましょう」


かたん。
極卒がスパナを置く音を境に、機械音が止んだ。
彼は窓の外を、その向こうを、遠い遠い昔を、ただただ見つめていた。


「今僕がお話しした二人は、当時の支配者の妹であり戦場の女神として讃えられた少女と、それに仕える軍の最も偉いお方でした。

彼女は人を沢山殺しました。
悪びれたりなんてしません、それが彼女の当然でしたから、眉一つ動かすことはありませんでした。
性格も最悪で、自分が間違っている訳は無いと、ただ我が道を行く人間でした。

彼はそんな少女を愛していました。

行けと言われればどんな戦場までも行き、殺せと言われればどんな強者でも殺し、恐らく死ねと言われたなら死んだでしょう。
それほど、彼にとって彼女は全てでした。

…正直な話、僕は彼女が嫌いでした。
そんな価値のある人間では無いとすら思います。

どうしてそんなにまで貴方は彼女を愛せるのか、と僕は彼に尋ねたことがあるんです。
そうしたら彼はにやけるような、のろけるような、それはそれは幸せそうな笑顔を浮かべて、

『人を愛するのに理由など無いのだよ。
愛しいから愛しいのだ、だから想えるのだ。
それだけだよ。
君にもいつかわかる日が来るはずだ』、と。
そんなことをおっしゃいました。

生憎僕には未だそれほどまでに愛しい人はおりませんのでわかりませんが、」


そこまで言って、極卒はこちらを見た。
困ったようにあきれたように、眉を寄せながら彼は、


「僕はこれと、同じようなことを公言する遊び人を知っていますよ」


そう、くつくつと笑って見せた。




(「愛しているよ」と声がする)


嗚呼、今日もあの声が聞こえる!

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