Novel 2st

□雨熱
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雨に、降られた。

「…………。」

失敗した。
周りはみんな自分の傘を持ってきていた。
天気予報でそんなようなことを言っていたにちがいない。

失敗した。
台風はもう過ぎたから、と安心していたのだ。


(走れば平気かな…)


スケボーで全速力を出せば被害は最小限ですむに違いない。
雨はやむ様子を見せず、ただ激しくなるばかり。
それなら今のうちに帰ってしまおう、と。
そう考えた。


ざあざあ。
後から後から絶え間無く、延々とその音は続く続く。
ぽたぽた。
髪から服から水滴は次々滴って。

ああ。
きっと風邪をひく。


(ひいたら、誰か心配してくれるかな)
(あの人は、僕を見に来てくれるかな)

(僕だけを、見ていてくれるかな)


ぴたり。
足が止まった。


「…………。」


足を乗せたままのスケボーは少しだけ進んで、推進力を失ったそれはすぐに勢いをなくして。

ぴたり。
止まってしまった。


頭がくらくらする。
気持ちが悪い。
病の兆候。
だけどどこか、心地いい。

ゆっくり一歩を踏み出すと、水溜まりを踏んだ革靴に雨水が染み込んだ。


(僕だけを、なんて、ただの我が儘で、世迷い事)
(そんなのわかってる)

(だけど)


わかってても、止められない気持ちもある。
それとおんなじように、
雨は止まなかった。

冷たく冷たく体から体力を奪っていく。
重くなっていく足取りに本気で危機感を感じた。
からからり、引きずるボードが背負う鞄が、重たくて仕方がない。

やばいなあ、と思う。

思っても、もう体は帰路を急ぐことはできなかった。


ここまでくると、
いっそ雨が愛しかった。


この冷たいのも、一つの「熱」のカタチ。
あんなにほしかった温かさと同じ、熱。
それならもういいじゃないか。

もう、これで。


「……手に入らないならもういい、よ」


思わず喉から漏れた声は掠れていた。
喉が、痛い。
頭がぐわんぐわんする。
鉛を抱えてるみたい。
寒くて寒くて仕方がない。


いっそこのまま、消えてしまえたら。


ざあざあ。
後から後から絶え間無く、延々とその音は続く続く。
ぽたぽた。
髪から服から水滴は次々滴って。

身を打つ雨粒は、


突然消えた。


「………え…」
「やっぱりこうじゃねえかと思った」


聞き覚えのある低音。
厭、ありすぎる、この声。

顔を上げると赤が見えた。
ヘルメットじゃない。
そのもっと上。
赤い、あの人の番傘。

「………六さん」
「風邪ひくぞ」
「…わかってます」

わかってる。
わかってるけど。

「どうし、て」
「どうせ傘なんて持って行ってやしねえだろう、と思って」

なんで
なんで、そんな
どうして僕なんか

僕なんてあなたにとってかけらでしかないでしょう
沢山の中のひとつに過ぎないでしょう


「ハヤト」
「…はい?」
「わかりやすいな」

びくり
肩がはねる。

なんのはなしだろう。
願わくば僕のことじゃなければいい。

だけどその願いは叶わなかった。

「お前の考えてることはだいたいわかる」

仕種に態度にでるのだと、そう彼は笑った。


笑い事じゃな、い


お見通しだった訳だ
苦しいのも悲しいのも
全部知ってたんだ
嬉しいのも楽しいのも

僕があなたの一挙一動に喜怒哀楽するのを、あなたは全部気付いていたんだ


「ずるいです」
「なにを今更」
「そんな、そんなの、ずるいですよ」

背中で六さんが笑う気配がした。
憤慨して振り返る。
目に飛び込んだ赤い瞳はなにかを慈しむような光を宿して、綺麗に細められていた。
不覚にも、からだのなかでなにかが揺らいだ。


「俺にとってのお前はちっぽけじゃねえぞ」
「、え」

どうしてそれを

呟いたら、だいたいわかるって言ったろ、と、彼はそう言って。


「帰ろう」


そう言って少しばかり屈むように、僕を抱きしめた。


(あったかい)


冷えた体に凍えた心に、しずかにその温かさは染み渡った。

「冷たいのより、やっぱあったけえほうがいいだろ?」

耳元に響く彼の言葉に、僕は黙ってその背に手を回した。


【雨熱】

―…雨は好き
泣いてもバレないから

だけど貴方には、
わかってしまうのかな


→おまけと後書き
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