Novel 2st

□気まぐれ
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ふ、と気がつくと、口元から煙草が消えていた。

確かに指で挟んでいたはずのそれが急に無くなってしまったので、少しだけ目を丸くする、と。

いつからそこにいたのかMZDが喉の奥から笑い声をもらした。

「…びっくりした?」
「まあ多少、は。」

そう肩をすくめてみせれば、彼は満足そうににやにや笑った。
そして掠っていった煙草をくわえて、その煙で肺を満たしていく。
我が物顔なその様子を見て苦々しく笑うと、KKはそのまま座り込んだ。

路地裏の、まだ手に洗剤の匂いの残る仕事帰りだった。

その匂いはしばらく硝煙の香りに変わる予定も無い。
全くありがたいことである。

皮肉げに息をついていると、隣の少年が声をあげた。

「あれ?」
「…あ?どしたンですか」

あんまりにも不思議そうな顔をしているものだからそれについて掘り下げてみる、と。
少年はこちらを見て言葉を発した。


「KK、今日セッタじゃないんだ?」
「…永遠の少年が煙草の銘柄当てんじゃねえよ…」


まあまあいいじゃないの、と未成年の姿をした少年が細く煙を吹き出す。
それはしばらく空中で漂って、そしてその中に溶けていった。

「で、どんな気まぐれで?」
「…別に、ボタン押し間違えたんだよ、そんだけだ」
「あららKKがそんな珍しい」
「誰だってミスくらいするだろ」

うんざりしたように首を振るものの、MZDはこちらを見つめたままだった。

そちらを見る。
ぱっちり目が合う。
間に煙が立ち上って視界を邪魔した。


「ミス、か」
「………。」
「できるだけ、しないでくれよ」
「…あー…、悪かったよ」

彼が言わんとしていることがなんとなく、むしろどちらかと言えば明確に、わかってしまった。

要約すれば、

「死ぬなよ」

とまあこういうこと。


「とゆー訳で、このマルボロライトメンソールは俺がいただいていきます」
「は」
「罰則だ罰則、間違えたんだから未練も無いだろ?
おとなしく諦めたまえ」

彼は手の中で煙草の箱をもてあそぶ。

…それは確かに自分が買った銘柄で、

まさかと思いツナギのポケットに手を突っ込むと
案の定そこに煙草の箱は存在しなかった。

代わりに一粒飴玉が残されていて、ただそれだけになっている。

目の前で少年が悪戯っぽく笑いながら、箱を自らのポケットにしまいこんだ。


畜生、やられた。


「…返せよ、口寂しくてしょうがねえ」
「やなこった。これにこりて反省しろ反省。」
「お前が吸いたいだけじゃねえか…」

はあ、と何度目かのため息をつくと、MZDがこちらの顔を覗き込んだ。
悪戯な顔。
にやにやと気味の悪い笑みを浮かべながら、彼はKKの首に多少乱雑に腕を回した。

「けっけ」
「なんだよ」
「ちゅーして?」


それは唐突に。

とろん、とした、
誘うような瞳で笑いながら彼はそう言った。

「…くちざみしーんだろ?」

先程のこちらの台詞を引用して、MZDはKKを見つめる。
距離にして数センチ。
銃口を向けるには近すぎた。

「どんな気まぐれですか、神様?」
「んー、別に…ただ」
「ただ?」
「神様は寂しがりやなんだよ」


そう言って神様は目を閉じた。

別に宗教家な訳じゃあない。
そもそも信仰してるものなんてない。
だけどこの神様が望むものなら、可能な限り献上してさしあげよう、と。
そう思うのはきっと、

(惚れた弱みってやつか)

そっと重ねた唇の向こうでは、まだ細く煙がのぼっていた。


【気まぐれ】
―…あ、ほんのりメンソールの香り。




→おまけ、後書き
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