書庫
□後宮
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傾城と呼ばれるのは、自分が美しいからではない、と、アスランは思っていた。母国の滅亡も、夫である皇太子の失脚も、自分のせいではない。この国が母国を滅ぼし、皇帝が皇太子を疎んじた、それが事実の総てだ。
運命に翻弄されたのは、自分とて同じだ。先の戦では、国とともに一人目の夫を亡くし、二人目の夫とも、今まさに、引き離されようとしている。
「お支度は整いましたか」
皇帝の寄越した衛兵が、扉の向こうでアスランを待っていた。不遇な皇太子の居所は、夫婦で住むには狭く、質素だ。だが、夫は今、ここよりも狭く、陰湿な独房で、一人詮議を受けている。アスランを残して。
夫を愛していた。先の夫の死を招いた者と知っていても、憎むことができなかった。恨むには、彼は、真っ直ぐすぎた。不器用な愛を捧げてくれた。
だから、アスランも捧げるのだ。
戸を開け放ち、顎を浩然と上げた。皇太子妃とは名ばかりの清貧な暮らしでは、持つべき荷物もなく、着飾る豪奢な服もない。しかし、身一つであっても、誇りだけは捨てなかった。アスランは、王者だった。
出迎えた衛兵も、息を呑む。
「どこへなりとも連れていけ」