小説Z
□トリック オア トリート!!
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『……アスラン…お前……何やってんだよ…』
真夜中、パジャマのまま階段を下りてみるとー……
煌々とした光の中、蠢く一つの物体。
背後で仁王立ちして立っている妻を尻目に、藍髪の青年は絨毯に座りいそいそと作業していた。ー…イヤ〜な予感。こいつがこんなに没頭してる時ってろくな事ないんだよなぁ。溜め息吐いてカガリがその場を離れようとした途端、ちょっと待ってくれ!!と夫のテノールがリビング中に響き渡る。
『……な、何だよ…』
更にイヤ〜な予感。
恐る恐る翡翠の眼差しを見下ろすと、涼しげだった美貌が急にふにゃりと崩れる。そして手に持った物をアスランは天真爛漫な笑顔で妻に向かって大きく掲げてみせた。
『これ!!カガリ、着てみてくれないか!?』
『……はぁ?き、着るって…?』
『俺お手製のハロウィン衣装!』
『……お手製って………はああああああ!?』
ここ数日行為を終えてベッドからいなくなると思ってたら、隠れてそんなもん作ってたのか!幾ら手先が器用だからってー……腰を上げた彼は絶句して棒立ち状態のカガリに次から次へと衣装を合わせ始める。定番のメイド服、ナース服、スチュワーデス、思い切りスリットの入ったチャイナドレス……これって単なるコスプレじゃないか!?
『こんなの絶対着ないぞ!!第一、コスプレじゃんっ…全然ハロウィンらしくないし!』
『そうか?…じゃあ他にもいっぱい作ってあるぞ。ほら、これなんかカガリに似合いそうだ!』
衣装の山から喜々として取り上げたのは、ヤッ〇ーマンに登場するドロ〇ジョ衣装…躯のラインがくっきり強調されたそれに、アスランの愛妻の目は思わず点となる。他にはいかにも妖しい黒猫ビキニ(猫耳が付いてる)があったりする。
『やだやだやだッ!!私はぜーったい着ないぞ!!』
『えーっ!!ラクスは着てくれるって言ってたのに…』
不満げに唇を尖らす旦那の正面へとしゃがみ込み、聞き捨てならないとばかりにその首筋を締め上げる。いててて!!泡吹く手前まで彼を追い詰めたカガリは、ドスの効いた声でぼそりと呟く。
『………おまえー…人ん家の奥さんに何してんだよ…』
ラクスは隣家の美人主婦でカガリの遊び仲間だ。よく売れない画家の夫キラについてぼやいている。聞いて下さいな!本当にキラったらぐうたらで物臭でサルより酷いんですのよ!?夜中に冷蔵庫からこっそり来客用のメロン取り出して食べてるんですの!!
『ー…ぐ、ぐるし……ご、誤解だ……聞いてくれ……カガリ……キラに頼まれて作ったんだぞ…』
『…ったく、しょ〜もないなぁ……お前ら二人…』
魂の抜ける手前でやっとアスランを解放した妻は、はあぁと盛大な溜め息を吐き出した。ー…男同士、結託して何やってんだか。ラクスもよく許したよなぁ。何だかんだ言ってもあの夫婦ってイチャイチャしてるから。自分も同じ穴のムジナと知らないカガリは、あちこちに錯乱したアスランの手作り衣装を畳み始めた。
『……で、着てくれるの?カガリは…』
背後からしなやかな猫みたいに手を伸ばし抱き付いてくる美貌の青年に、ツンデレな妻は『知るか!』と声を張り上げる。けれど仄かに染まった耳朶にもう一押しかも、とアスランは口角を吊り上げる。
ねぇねぇねぇ、カガリ……
ふーっ、と確信犯的に吐息を吹き掛けられ、カガリは華奢な躯をびく付かせる。項にキスを落とされ胸を愛撫でされ、不覚にも意識が飛びそうになってしまう。自分も人の事言えないよなぁ…こんなにアスランに弱い。
ん、ん…!
パジャマの上から執拗に突起をなぞられ、先程潤った部分が再び湿り気を帯びる。ー…全身に熱が広がり力が抜け落ちたカガリは、夫の銅板にしなだれ掛かるしか出来ないでいた。内股を緩く撫でる手に堪らなくなって、腰を揺らせば冷ややかな唇に首筋を舐め上げられる。
『……あう…』
『気持ちいいか…?』
色っぽいテノールが反則極まりない。美声に翻弄されて彼女はいつの間にか生まれたまんまの格好に剥かれていた。キッと涙目で睨み付けてきても、妖しい妻の姿は夫を煽るだけ。着痩せする彼女は脱ぐとスゴくって、アスランの欲望を沸き立たせた。
『……ね、もう一回やってもいい?』
外見的には性欲なんて微塵もありませんといった、ストイックな風貌。ー…翡翠を優しく細めて甘くねだる彼に全部なし崩しにされそうで怖い。それでもカガリは後ろからぴたりと抱き締める腕に手を這わせ、赤ら顔で跳ね返す。
『……さっきの話…もう終わっていいのか?』
『ベッドで……幾らでも出来るから…』
先端を直に捻られー……
『……あ、ん……ズルい……そうやって…お前ってばー…』
丸め込むつもりだろ?
違う事に頭使えばいいのに。……もう…。
『……ん、…ハロウィン衣装着てやってもいいけどさ……あん……その代わりお前の誕生日何にもなくていいのか?』
『別に構わないよ、俺、カガリが居ればそれで充分…』
『………ばか…』
振り返って、二人で甘い口付け。熱烈な舌先で躯中が蕩けて妻は夫に素直に押し倒された。ー…ベッドまで我慢出来ずに事を運ぶ。そうして極甘夫婦の夜は過ぎ去って行くのだ。
何だかんだ言っても愛する夫、カガリは豪勢な手料理を振る舞いバースデーを祝ってやった。隣家のキラとラクスも誘っての賑やかな一日。ー…そして夜は夫の精力が尽きるまで愛されまくり、案の定次の日はベッドでグッタリだった。やっぱり衣装着るの止めるかな!!ぷんぷん怒った愛妻に平謝りのアスラン。そうこうしているうちに瞬く間にハロウィン当日となった。
『…魔女っ子カガリちゃん…可愛いなぁ…』
『……何だよ…その不満たらたらな言い方は……仕方ないだろ?お前がこんな風にしちゃったんだから!!』
黒いとんがり帽、魔女の衣装に身を包んだカガリはマントの前を開きー……
『わー!おいっ、止せっ……他の奴らに見られるだろう!?』
街で開催されるハロウィンパーティー。人目を気にしない妻の行動に夫の方が慌てふためく。ちらりと見えた白い首筋には無数の紅い斑点。懲りずに昨夜妻を貪った証拠であった。
『……でも……考えてみたら正解だったかもな…』
『…へ?……何がだ?』
『だって君があんな露出度高い衣装着たら……男達が群がるだろうし…』
『なら最初からあんなの作んなきゃ良かったのに……』
まぁ……家でだったら短い時間だけなら着てやってもいいぞ?
『ホントか!?』
会場中の女性からの熱い視線も何のその、ノーブルな吸血鬼に変装したアスランは翡翠を嬉しげに煌めかせた。ー…私だけを見つめてくれる眼差し。暫しの優越感にうっとり浸りながら、彼女は自らの腰に手を回す夫の胸に瞼を閉じて凭れた。
『お二人とも、ごきげんよう……まぁ!随分とお熱いですのねぇ〜…ふふ!』
気品溢れた声に、夫婦は名残惜しくも互いから手を離した。ー…視線を移せばカガリと同じく魔女姿のラクスと、明らかにマジックでギザギザを描いただけのキラの顔。可愛い童顔がなまじ迫力を欠いて……
なに、それ……もしかしてフランケンシュタイン……??
“に、似合わない!!”
『…キラはぶっちゃけ画家の才能がゼロだー…ふんがっ!!』
思い切りカガリに口を塞がれて、アスランは怪〇くんに登場するキャラクターじみた声を上げてしまう。ー…妻はもがく夫を解放して誤魔化すようにアハハと笑う。こんばんはとラクスの夫に愛想笑いすると、アメジストの瞳を微笑ませ『こんばんは』と返してくる。……ふ〜む…ラクスから彼の変態行為聞いてなきゃ、かなりの好青年なのに惜しいよなぁ。
フランケン、似合わないないけど…。
『……カガリ、なに穴が空く程見てるんだ……そんな出来損ないのフランケンを…』
『………ちょっと何か言ったぁ?君こそそのマント剥いだら丸っきりエセホストか三流マジシャンだよ?』
……あ、キラさん…巨大な猫被ってたんだ。
男二人が額と額を近付けうがーっと睨み合うのを無視して、妻達はそそくさと場所移動する。フォークでお皿のローストビーフを突きながら、カガリは傍らの美人をチラと眺め見た。なんですの?と不思議そうな緋色の髪の女性に恐る恐る尋ねてみる。
『……えっと……ラクス、どうして魔女の格好なんだ?アスランの衣装着るって言ってたんじゃないのか……まさか…』
『……あら、もしかしてカガリさんもですか?男って困ったものですわねー…はぁ…』
艶やかな唇に微苦笑を浮かべるラクスは、カガリだけに見えるよう衣装の奥を開いてみせた。思った通り、至る所に淫らな花が咲いてー……
“ほんっと〜に!!どうしようもないな……男って…”
“ええ、本当にどうしようもありませんわ…”
溜め息を漏らし、それでもカガリとラクスは二人して顔を見合わせ口許に慈愛に満ちた微笑みを讃える。ー…愛する者に愛される特有の笑顔。
“……ハロウィンの夜ですしね……特別に許して差し上げましょうか、カガリさん…”
“…ああ、ハロウィンの夜だからな…特別だ!”
そう言って、二人は夫のやる事なす事を全て許してやってしまえる妻達だったがー……
トリック、オア、トリート!!!
祭りと化した会場内。ー…パチンと激しくクラッカーが弾け、紙吹雪を浴びながら愛妻達の元へと駆け寄る二人の男。カガリ!と愛しげに名を呼ぶ麗しい吸血鬼に、妻は勢い良く抱き付いたー……
《おしまい》