甘味拾肆

□目覚めの片鱗
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ミコノの謹慎が決まった日、カオルは別件で理事長室を訪れていた。
室内に入ったカオルが手に持っている物を見ても、クレアは微動だにしなかった。

【やはり来ると思いましたよ。】

【受け取ってください。これが私の決断です。】

クレアは優雅に紅茶を飲んでいる。
そんな彼女の机にカオルが置いたのは、辞表だった。
クレアはこれも予想していたのだろう。
カオルにもそれが分かっていた。

【受け取りません。】

【理事長!】

カオルは机を両手でバンッと勢いよく叩いた。
大きな音が室内に響く。

【私はこれ以上ここに居られません。
思い出したんです、自分が一体どこから来た人間なのか・・・】

次元ゲートの向こう側の世界、アルテア。
カオルは確かにその星で生まれた人間だった。
まだ分からない過去が大部分を占めるが、あの襲撃の日、ミカゲが彼女に与えたのは出生の過去だったのだ。

【・・・言ったではありませんか、ミス・カオル。】

クレアはティーカップをソーサーに置く。
愛らしい瞳が、確かな強さを持ってカオルを見つめている。
カオルはそれにたじろいだ。

【ジン・ムソウは我々の仲間だと。
どこから来たかは関係ありません。あなたはここに必要な人間なのですよ。】

【しかし・・・】

【それに、記憶が戻って良かったじゃありませんか。徐々に取り戻して、受け入れれば良いだけの話です。】

にこりと笑うクレア、彼女はカオルの辞表に手を伸ばしてそれをびりびりに破り捨てた。
手からこぼれ落ちた紙切れの端が、ひらひらと宙を舞って落ちてくる。
複雑な心境ではあったが、カオルは心のどこかで嬉しいと感じていた。
自らが必要とされていると言われたのもそうだが、過去を取り戻すことを素直に受け入れろと言われたからだ。
悲しい気持ちばかりが戻ってきたが、それも自分の一部分として受け止める。
記憶を取り戻すこと、それはすなわち自分を取り戻すことなのだ。

【これからのあなたにも期待していますよ、ミス・カオル。】

【ありがとうございます、理事長。】

【答えたくなければ言わなくてもいいです。何を思いだしたのですか?】

クレアの言葉に、カオルは自分が肌身離さず身につけているペンダントを取り出した。
トップはロケットになっていて、カオルはその蓋を開ける。
通常写真などが入っているそこには、何も入っていなかった。

【記憶のある範囲で、私がずっと身につけていた物です。
たぶん、思い出した過去はこれと繋がりがあるんだと思います。】

【どんな過去だったのですか?】

カオルは目を伏せ、そして話し始めた。

【雨が降っている中で、たぶんあれは葬儀だと思います。私はまだ幼かった。
そして、私は腕の中に抱いていたんです。】

どこかで見たことのある幼子を―――
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