甘味拾
□奇跡も、魔法もあるんだよ
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同日の放課後。
さやかは、幼馴染みの上条恭介を見舞うために市立病院に来ていた。
恭介は交通事故に巻き込まれ、一命はとりとめたが、両足と利き手の自由を奪われた。
恭介は、小さいときからバイオリンを弾いていた。
将来有望の天才少年は、一瞬でその未来を失ったのである。
みんなが絶望している中で、ただ一人さやかだけは恭介の回復を祈って献身的に見舞いをしていた。
今日もさやかは恭介の病室へ向かう。
その手には、恭介のための音楽のCDがあった。
「恭介!今日もCD持ってきたよ!」
横開きのドアを元気よく開けて、さやかは自分の訪問を告げた。
しかし、恭介からの返事はない。
ベッドの上で窓の向こうをじっと眺めるだけだ。
「恭介?」
「・・・さやかはさ、僕をいじめてるの?」
「え?」
想定外の言葉に、さやかは何も返せなかった。
「なんで今でもまだ音楽なんて聴かせるんだ?嫌がらせのつもりなのか?」
「だってそれは・・・恭介が音楽好きだから・・・!」
「もう聴きたくないんだよ!
自分で弾けもしない曲なんて!!」
ガシャン、とCDのプラスチックケースが割れる大きな音に、さやかは身を強張らせた。
サイドボードに積んであった、さやかが買ってきた音楽CDを、恭介は自由の利かない左手の甲で叩き潰したのだ。
ポタポタと、傷ついた甲からは血が流れてベッドの脇に小さな水溜まりができる。
いたたまれなくなったさやかは、もう一度振り上げられた恭介の腕を押さえた。
「止めてよ・・・!」
「こんな腕・・・もう、痛みすら感じないんだ!」
「大丈夫だよ、きっと治るよ!諦めなければきっといつか」
「諦めろって、言われたのさ」
恭介は、抵抗することを止めた。
力なく項垂れて、医者から言われた現実をさやかに話す。
「今の医学ではどうしようもないって。
バイオリンは諦めろってさ。
動かないんだ、もう・・・奇跡か魔法でもない限り・・・!」
「・・・あるよ」
そうさやかが言ったとき、西陽が強く射し込んできた。
カーテンを閉じたままであったので、外に居るもののシルエットが浮かび上がる。
恭介には絶対に見えず、さやかにだけ見える影だった。
「奇跡も魔法もあるんだよ」
ふじのは一人、夜道を歩いていた。
マミの部屋の前でまどかと別れた後、もう一度戻って一人で居た。
マミには両親が居らず、遠い親戚がいるだけだ。
マミの失踪届が出されるのは、まだまだ先のことである。
コツコツと靴のヒールの音が辺りに響く。
いつの間にか、広い大きな公園に出ていた。
ここは、ふじのがキュゥべえと契約をした場所でもある。
近くのベンチに腰かけてボーッとしていると、足音が耳に届いてきた。
「暁美ほむら・・・」
「だから、魔法少女になるべきではなかったと言ったのよ」
やって来たのはほむらだった。
ふじのの前で歩みを止めて、ほむらは更に続ける。
「魔法少女になった運命だって分かっていたはずよ。
あなたは、魔法少女と関わり合いを持つべきではなかった。」
「・・・一つ教えて」
ふじのは立ち上がり、ほむらの目を見つめる。
「どうして、そんなに私が魔法少女になったことにこだわるの?」
「っ、」
「願うことも、その内容も個人的なこと!
暁美さんにそんな風に言われる筋合いは、ないよ・・・」
ふじのの語尾が小さくなった。
ほむらは言葉に窮したようで、何も彼女に言い返せない。
ほむらは考えた。
ここでふじのに全てを言うべきなのかと。
「・・・マミのときに、ああしたのは仕方なかった。まだ気にしてるなら私が謝るよ。」
ごめん、と言ってふじのはほむらに背を向ける。
そのまま逃げるようにして公園から立ち去った。
ほむらはふじのを引き留めようと手を伸ばしたが、それは虚しく宙を切った。