甘味拾

□それが私の願い
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私、飛鳥井ふじのには、二歳離れた姉がいた。
過去形だ。
姉は未熟児で、生まれた時は非常に危険な状態だったと聞いている。
結局、その危険な状態から姉は回復することが出来ず、生まれてから僅か数日で亡くなった。
第一子のあまりにも悲しい死に、両親は酷く心を病んだ。


そして、私が産まれた。


姉とは違い、私は出産当時の体重は3000g超えの健康な赤ちゃんとして産まれた。
保育園までは、私も普通に両親の愛を受けて育った。
ただ、姉のこともあり、怪我や病気に対しては過敏すぎる面もあったかもしれない。
姉が亡くなってしまい、ここにいないことは私も幼いなりに理解していた。


日常が可笑しくなっていったのは、私が小学校に入学してからだ。


ピカピカの通学鞄に、新しい勉強道具に新しい友だち。
全てが全て、希望に溢れていたこの時期に母親がおかしくなった。
入学式の写真を撮ったとき、私を見て母親が言った。

【ふじのよりも、お姉ちゃんの方がこの服は似合っていたわ】

父親は気にするなと言った。
きっと、私が最後まで着たいと駄々をこねた洋服の方が私には似合っていたんだよと誤魔化した。
私は、父の言葉を信じた。
でも母親はどんどんおかしくなっていった。

【お姉ちゃんの方が字が綺麗だった】

【お姉ちゃんの方がもっと速く走れた】

【お姉ちゃんの方が成績がよかった】


【ふじのは、お姉ちゃんよりも出来ない子なのね】


私が悪い子で、馬鹿な子だから、母にそう言われるのだろうと思った。
だから、習字の授業も頑張って賞を貰った。
だから、運動会ではリレーのアンカー選手になった。
だから、通知表の全ての欄に◎を貰ってきた。
周りの人間から【ふじのちゃんは凄い】と言われても、母の中にいる姉には勝てなかった。
今思えば、私は馬鹿な子供だったのだろう。
存在しない人間と競争するなんて、あまりにも馬鹿げている。
そのことに気づいてきたのは、中学に入ってからだった。
私は部活に入らなかった。
特にやりたいと思えるような部活がなかったからである。

【お姉ちゃんは××部と○○部と△△部を掛け持ちしていたのにね】

父も、母がおかしいことに気がついていた。
毎日家事をして、近所のお母さんたちとも他愛のない話をする普通の主婦であったはずなのに。
話題に私が出てきた途端、母は頭がおかしくなる。
否、母の心の底に眠っている母だけの母が望む最高の姉が、目を覚ますのだ。
私に反応することによって。


【どうしてお姉ちゃんみたいに出来ないの!?】


一番最初の期末テスト。
私のテスト結果の順位表には、1の文字が並んでいた。

頑張ったんだよお母さん
一位を取ったんだよお母さん


【お姉ちゃんはもっと出来たのに!】


お姉ちゃんお姉ちゃん


【どうしてお姉ちゃんなの。あなたじゃなくてお姉ちゃんが死ななきゃならなかったの】


それは遠回しに、私に“死ね”と言っているようなものだった。
私は、気がついたら家を飛び出していた。
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