甘味鳩

□髏苦
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林崎凪紗は、

父:林崎尊史
母:林崎汐

の間に生まれた一人娘である。
生まれつき体の弱かった母には似ず、体力のある元気な子で生まれてきた。

凪紗が生まれた後は、汐の体を労って外場村へ引っ越してきた。
生まれた直後だったので、凪紗には都会で過ごした記憶がない。




五年前
林崎家車内にて

その日は雨が降っていた。
運転席には尊史、助手席には汐、後部座席には凪紗が乗っていた。

【凪紗、寝ちゃってるわね。】

広い後部座席で凪紗は横になって寝ていた。
だんだん自分に似てきた娘の姿を見て、汐は微笑む。

【お祖母ちゃん家にいる間は、ずっと遊んでたからな。疲れたんだろう。】

【そうね。それにしても、嫌な雨ね・・・】

ラジオからは大雨に気をつけるよう、注意が流れている。
既に冠水している地域もあるみたいだ。
外場に向かうためには、山間の道を通らなければならない。
尊史は遠回りしても、鋪装された新しい道を行くことに決めた。


凪紗が目覚めると、体のあちこちが痛かった。
遊びすぎたのか、変な体勢で寝ていたからなのか。

【お母さん、お父さん・・・】

そこで凪紗は異変に気がついた。
真っ暗なのだ。
何見えない。
前の座席に乗り出そうとしたら、何か固いものに阻まれた。
凪紗はもしもの時のために、車内に懐中電灯があるのを思い出した。
座席の下のボックスを手探りで開け、懐中電灯を取り出す。

【お父さん、お母さん!!どこ!?】

懐中電灯で照らされた前方には、岩石やら泥やらがある。
下手に触れば、崩れてきそうだ。
凪紗は回りを照らした。
後ろには大きい岩が転がっていた。
窓は土砂で完全に覆われていて、光が見えない。
凪紗はこの時、完全に孤立してしまったのである。



【居たぞ、女の子だ!】

土砂災害発生から一日が過ぎ、凪紗は発見された。
閉ざされた暗い空間の中で、凪紗は自分の飲みかけのペットボトルで命を繋いだ。

【もう大丈夫だ、よく頑張った!!】

抱き抱えられ、凪紗は太陽の光を浴びる。
悲惨な現場だった。
そこは確かに新しく出来た道路だった。
だが、作るために山を削ったことで地面が柔らかくなっていた。
そして大雨。
それがこの災害の原因だった。

担架に乗せられ、救急車に乗せられた時、一瞬だけ凪紗は見た。
布が被せられ、運ばれていく体。
腕がだらん、と垂れている。
その指に付いている指輪は、凪紗の母親である汐の物に間違いなかった。




この時から、凪紗には父親である尊史しかいないのである。
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