甘味鳩

□偽
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「っ!!!」


ポタポタと、夏野から汗が滴る。
尋常じゃない汗を滴ながら、夏野は起き上がった。

「朝・・・?」

小鳥が鳴いている。
閉めたカーテンの隙間からは、朝日が漏れていた。
夏野が感じていた気配は、もうなくなっていた。

「徹ちゃん!大丈夫か!?」

【アタシ、コイツのこと凪紗と同じくらいキラーイ。】

徹の首筋に立てられた清水恵の牙。

夏野は、まだ寝ている徹の肩を揺さぶり、首筋を確かめた。
そこには何もなかった。
やはり、夢は夢に過ぎなかったのだというのを夏野は思い知った。

「バカバカしい!」

夏野は布団を乱暴に被ってくるまった。
いない存在を信じてしまった恥ずかしさからか、夏野は徹に自分の顔が見えないようにする。

「もう少し寝んね!おやすみ!」

「うーん・・・」

やけに間延びした返事。
寝起きのためだろうと、夏野は特に気にしなかった。

「おやすみ。」

徹はボーッと夏野を見つめながら、腕をポリポリとかいた。
白い腕には、二つの小さな虫刺されのような痕があった。
この時は誰も、そんなことを気にしてはいなかった。
自分達は大丈夫だと、勘違いしていた。




その週の金曜日 9月16日
夏野達が通っている高校にて

徹の家に泊まって以来、夏野は夢を見ることも、恵を見ることも、気配を感じることもなくなった。
あれはやはり自分の妄想だったのだと、自分の中で解決した。
夏野が歩いているのは二年生のクラスがある階だ。
徹の妹の葵に用があって来た。

「葵!」

「あ、ナツ!」

夏野が教室の入口で彼女を呼ぶと、葵は来てくれた。
凪紗は一緒にいないのね、と少しだけ残念そうだ。

「徹ちゃん休み?」

「そう!なんか新しいゲーム買ったみたいでさ。何か用があったの?」

「あぁ、少し・・・」

夏野の用と言うのは、徹が律子をドライブデートに誘うことについてだった。

「今日、寄ってく?凪紗が今日は泊まるんだけど、うちの両親は二人が大好きだから構わないよ?」

「いや、明日は土曜だから早めに行くよ。凪紗は何で泊まるの?」

夏野がそう尋ねると、葵は楽しそうな表情を見せた。
自分のことが葵に知られている分、夏野は不利になる。

「お母さんが凪紗と一緒に料理作るから、ついでに泊まってって。凪紗の家とは親も仲良いから、時々料理教室みたいになってんの。凪紗のお父さんは出展が近いらしくて邪魔できないからちょうど良いって。」

葵と凪紗はまるで血縁者であるように仲が良いのは夏野も知っている。
でも、凪紗が武藤家母から料理を教わっているのは知らなかった。

「そうだったんだ。」

「ヤキモチ妬いた?」

「誰が、誰にだよ。」

「ナツが、私に。」

そこまで言うと、夏野は立ち去ろうとする。

「頼めばお弁当作ってくれるよ、あの子は!」

「・・・分かった。」
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