甘味鳩
□遺血
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樅の木に囲まれた小さな村“外場村”
村の名前の由来は、“卒塔婆”から来ている。
死者のためにあるようなこの村で、ある時誰かがこう言った。
「村は死によって、包囲されている」
外場村 夏
蝉がその命を咲かせようと、一生懸命に鳴く。
まるで生きている者を呪っているようなその鳴き声は、夏の暑さを増幅させるのに一役買っている。
それでも、外場村に父親と二人で暮らしている凪紗は、蝉の音がさほど苦手ではなかった。
「お父さん、行ってくるね。」
凪紗がそう告げて玄関を開けようとすると、居間から父親が出てきた。
車椅子を手で操りながら、父は娘を見送る。
「行ってらっしゃい、気を付けるんだよ。」
「ん、大丈夫!」
玄関から出て、自分の自転車のチェーンを外す。
基本的にバス代が勿体ないので、凪紗は冬の間や特別な日以外は自転車通学だ。
太陽の陽射しは日に日に強くなっていき、凪紗は本格的な夏の訪れを感じる。
自転車で切る風が気持ちいい。
歩いていけば汗で大変なことになるが、自転車はその心配がなかった。
「凪紗ちゃーん!」
前方で凪紗に手を振る少女と少年。
笑顔の二人は、流石姉弟!という感じがする。
「おはよう!かおり、昭」
セーラー服を着た中学三年生のかおり。
シャツにスラックス姿の、かおりの弟の昭。
二人は凪紗と仲が良かった。
「凪紗見て見て!
山入で死んだ記事が新聞載ってた!!」
虫眼鏡で拡大して分かるくらいの小さな記事。
先日、外場村の山入地区であった死体発見の記事が書かれている。
こんな小さな村だ。
昭にとっては、こんな小さな記事でも新聞に載った事実が大ニュースである。
「ホント、夏の暑さは怖いねぇ。」
「そこかよ!」
昭はつまらなそうに言う。
「死亡記事でよろこばないの!」
凪紗は昭をデコピンした。
オデコを押さえながら「何すんだよ!」と騒ぐ昭を見て、凪紗とかおりは笑う。
凪紗はどことなくかおりに元気がないことに気がついた。
「何かあった?」
「え?ううん・・・」
かおりは目を伏せる。
そこに昭が割って入ってきた。
「恵さ、なーんかブスッとして先に行っちまったんだよね。」
「(なるほど)かおり、昭。途中まで一緒に行かない?荷台に荷物のせて良いからさ!」
「本当に!ラッキー!」
凪紗の言葉に嬉しそうに反応する昭。
荷台に荷物を遠慮なく乗せる。凪紗は半ば強引にかおりの荷物も乗せた。
「ありがとう、凪紗ちゃん」
「良いって良いって!さ、行こう!」