移行済・甘味拾

□その無力で嘆かわしい運命を憎む
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雨が降り続けた見滝原市は水没したも同然の有様になっていた。
戦っていたエメラルドグリーンの魔法少女が地に落ちる。
強大な敵“ワルプルギスの夜”を倒した彼女の武器は、ギロチン台。
ワルプルギスの夜の首を鉄の輪で拘束した後、ギロチン台を出現させてその首を切った。
銀色の刃が滑り落ちるあの音は、今でも彼女の耳に残っている。
彼女は腕に力を入れて起き上がった。
魔法少女の変身は解け、元の中学校の男子制服に戻っている。
水面に映る自身の顔を見て、彼女は甲高い悲鳴を上げた。
ここに映っているのは一体誰なんだ、と彼女は思案する。
分からない、死んだ姉が成長した姿なのかもしれない。
だけど姉は死んでいるのだ。
生まれてすぐに、喋ることも、歩くことも出来ない内に死んだのだ。

「どうなってるんだよ・・・!」

声変わりし始めていたはずの声は、前の声よりも若干高くなっている。
ぴったりだった制服が、今ではダボダボになっているのがよく分かった。

「だって君は言ったじゃないか。」

状況を理解できていない彼女、もとい彼の前に白い生物が軽やかに降り立った。
赤い双眼のその生き物の名前は、キュゥべぇ。

「魔法少女になるって願ったじゃないか。」

当たり前の常識を話すように、キュゥべぇは彼に告げた。
そうさ、君は願ったのさ、戦う力を手に入れるために少女となることを。
知らなかったなんて言っても、僕にはどうしようも出来ないさ。
キュゥべぇが可愛らしく首をかしげながら話し続けた。

「それよりも見てご覧。君のソウルジェムを。」

「っ、何だこの染みは!?」

鮮やかなエメラルドグリーンの宝石を、内側からどす黒い染みが侵食していく。
ソウルジェムと呼ばれるその宝石を見つめ、彼の体は震えた。
自身の内側から何かが溢れ出してくるのを彼は感じていた。

「キュゥべぇ・・・」

「まどかにも教えなくちゃね!
君のエネルギーを回収したら、次はまどかだ。」

揺れない瞳が恨めしかった。
地に這い蹲る彼は、ずりずりと体を引きずってキュゥべぇが去った方向に手を伸ばす。
ただ、助けたかっただけなんだ。
たった一人で戦っていた紫色の女の子を、この手で救いたかっただけなのだ。
なのにどうして、自分はこんなことになっているのだ?
もう既に手足の感覚は消えていた。
だらしなく開いた口から「嫌だ」「助けて」という言葉が漏れてくる。
掌に乗せてあるソウルジェムが、あと少しで真っ黒に染め上がる。

「嫌だ、化け物になんかなりたくない・・・!」

嫌だ、嫌だ、嫌だ―――!!

ソウルジェムが黒い宝石になったその瞬間、少年の命は終わりを告げて、新しい絶望が生まれた。
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