移行済・甘味拾

□ただひとつ、私が望んだことはね
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「さやか!」


下校途中の美樹さやかは、名前を呼ばれたことに気がついて振り向いた。
折り目正しいプリーツスカートが、ひらっと舞う。
さやかを呼んだのは、同じ中学校の制服を着た赤髪の少女だった。

「杏子も今帰り?」

「あれ?ふじのたちは?」

プレッツェルのチョコレートがけを口に含みながら、杏子はさやかに尋ねた。
いつも一緒のはずのさやかの友人たちが見当たらないのだ。

「これから恭介の所に行くから。」

「おう・・・そっか」

さやかが恭介の名前を出すときは、決まって目線が下にいく。
悲しそうとまではいかないが、何とも言えない表情だった。
さやかの幼なじみである上条恭介は、不慮の事故により利き手の自由が動かなくなってしまった。
天才ヴァイオリニストである恭介は、ベッドの上で治療をし続けるしかない。
代わってやれたら、と口で言うほどさやかは愚かではなかった。
言ったところで彼の代りになることはないし、恭介を傷つけることにしかならないからだ。

「ねぇ、杏子・・・」

さやかが歩みを止める。
杏子が振り向くと、さやかは杏子の目を見つめて言った。

「あたし、魔法少女になろうと思う」

パキン、と口にくわえていたプレッツェルが折れて地面に落ちてしまった。
杏子は目をパチパチとさせて、さやかを見る。


「あたしの願い事、恭介の腕を治すために使いたいと思ってる」


魔法少女の願い事は、一人につき一つだけ。
一度願ったことを取り消しにすることは出来ないし、再び願いを叶えることは出来ない。
普通の魔法少女なら、自らの願いのためにその一度きりのチャンスを使う。

「一回しか、願えないんだぞ・・・?」

「分かってる。」

「てめぇのために使わないで、どうすんだよ!」

他人のために使ったってどうしようもない、大体これは魔法少女自身のためにあるものだ。
杏子がそう言っている間、さやかは黙っていた。
さやかには、杏子が必ずそう言うと分かっていた。
それは杏子も分かっていた。

「じゃぁ、何でアタシに言ったんだよ・・・」

「何か、無性に杏子に話したくなったんだよね。
マミさんやふじのちゃんにも言ってないのにさ。」

「え?」

驚いた表情を見せる杏子を見て、さやかは笑う。
何故だろうか、その笑顔は消えてなくなってしまいそうに思えた。

「うん、それだけ。
じゃ、あたしは恭介のところに行ってCD渡してくるから!」

じゃぁね!
と後ろを振り向きながら、さやかは鞄を抱えて走っていってしまった。
杏子は追いかけようとするも、踏み出した足をその場で止めた。
あんな風に言われたら、何て返したら良いのか分からないじゃないか。
他人のために願いを使いたいというさやかの姿が、あの日の自分に重なっている、
そんなことしても無意味なのに。
魔法少女は、願いを叶える代わりに魔獣と戦う運命を背負う。
ソウルジェムが濁りきってしまえば、その存在ごと消えてしまうと言うのに。


「わけ分かんねぇよ、さやかのやつ!!」
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