移行済・甘味拾

□ただひとつ、私が望んだことはね
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「ふじの、マミ!」

放課後の見滝原中学校三学年通路にて。
ドタドタと大きな足音を立てて、一人の女子生徒が走ってくる。
肩を掴まれた三年生の女子生徒二人は、突然のことに驚きを隠せない。
とりあえず目立つので場所を移動した。

「いきなりどうしたの?」

「もう、びっくりさせないで。」

「気になることがあるんだけどさ―――」





ここなら、二人の様子がよく見える。
制服姿のさやかは木の影にそっと隠れた。
何やっているんだろう。
結果は目に見えているし、ここから見える二人はお似合いだ。
私なんて、とさやかは思う。
可愛くて優しくて頭もよくて、男の子が憧れる要素を全て兼ね備えた仁美に告白されて断る人はきっと誰もいない。
ベンチに二人で寄り添っている光景から、さやかは目を逸らした。

(最悪だ、私は・・・)

持っていた水色のソウルジェムを握りしめ、さやかは唇を噛んだ。
目の前の光景を見て、さやかは理解したのだ。
自分が本当は何を考えて、願いを叶えたのかを。

(恭介の腕を治したかったんじゃない)

何で、忘れていたんだろう。
自分もきっと、童話の主人公たちみたいになれると思っていた。
ただ一人の例外を除いて。

(私が本当に望んだことは―――)

昔読んだ童話に“人魚姫”がある。
嵐の夜、その主人公は船から落ちた王子様を助けた。
岸辺に上がり、彼女は王子様と少しの言葉を交わして別れる。
彼女は王子様に恋をした。
「ありがとう」と言って優しい微笑みを見せてくれた王子様に会いたくなった。
海の魔女に頼み、彼女は美しい声と引き換えに陸に上がることが出来た。
王子様に再会できても、自分があの日の人魚だとは伝えられない。
不幸にも、王子様は彼女とは別のお姫様と結婚するのだ。
報われない恋をした人魚姫は、海の泡となって消える。

(―――恭介を、振り向かせること)

木の影から、さやかは抜け出した。
ただひたすらに駆け出して、どこか別の場所に行きたかった。
恭介がさやかの隣にいるような、そんな世界を彼女は望んでいる。





[マミ、さやかそっちにいた?]

[駄目ね、見当たらないわ。杏子や暁美さんの方はどう?]

[居ないって]

[こんな状況じゃあ、美樹さんがいないのは辛いわ。]

魔法少女間でのテレパシーでふじのとマミは会話している。
茜色に染まっていた空はいつの間にか紺色に変わっていた。
そしてその中で、ふじのの掌の上にあるソウルジェムが輝きを放っている。
生暖かい空気が彼女を包み込んでいた。

【さやか、家に居ないみたいだ】

杏子が告げた予想が的中したということなのか。
その予想は正にふじの達も気になっていたものである。
さやかの戦う意志の根幹にあるのは“上条恭介への恋慕”だ。
それが揺らいでしまっている。
更にこの状況で現れた魔獣の群れ。
見滝原市内に散り散りに現れた魔獣達には、いつもとは何か違う雰囲気があった。

「今アンタ達に構っている暇ないのよ」

ふじのがソウルジェムを握りしめた瞬間、目映いエメラルドグリーンが彼女を包む。
その光の中から、巨大な斧が魔獣を一直線に貫いた。

「悪いけど、倒されてちょうだいね」

エメラルドグリーンの魔法少女が空に高く飛び上がる。
彼女の合図を待ち、展開されるのは巨大な斧だ。
瘴気を吐きながら襲いかかる魔獣に、ふじのの斧が一斉に放たれた。
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