移行済・甘味拾
□ただひとつ、私が望んだことはね
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ダンッと勢いよくフォークが下ろされたせいで、テーブルの上の食器がカチャカチャと音を立てる。
フォークには、一粒の苺が見事に突き刺さっていた。
ここは巴マミの部屋。
遊びに来ていたふじのも合わせて三人でのアフタヌーンティーである。
しかし、毎回穏やかなものではない。
今回も、気が立っているように見える杏子をマミが優しく宥めた。
「まぁ、落ち着いて佐倉さん。」
「落ち着いてられるかっての!」
「そうは言っても、何があったのか言ってくれなきゃ分からないよ。」
荒ぶる杏子の口の中に、マミ特製のクッキーが詰め込まれる。苦笑しながらクッキーを詰め込んだのはふじのであった。
ちゃんと味わいながら、杏子は急いでクッキーを咀嚼した。
マミもふじのも、杏子と同じ魔法少女であり、チームを組んでいる仲だ。
初めこそは対立したものの、魔法少女同士、手を組んだ方が効率がいいという見解に落ち着いた。
今ではすっかり気の置ける仲間だ。
杏子は噛み砕いたクッキーを飲み込み、さやかのことを話し始める。
「言ってない」とは言われたが、「言わないで」とは言われなかった。
「なるほどね・・・」
淹れ直した紅茶に口をつけながら、マミが言った。
「願いは人それぞれだって、アタシも分かってるよ。
けどさ・・・」
他人のために祈ったって、無駄なんだよ。
杏子はそうこぼした。
頭では理解しているはずなのに、胸の辺りがモヤモヤして気持ちが悪い。
「何で、さやかは杏子には言ったんだろうね?」
「え?」
杏子が聞き返すと、ふじのは少し意地悪そうに笑った。
マミはふじのの考えてることが分かったようで、何も言わずケーキを口に含んだ。
「幼なじみで気の許せる私じゃない。
頼れる先輩のマミでもない。
どうして、さやかは杏子に言ったんだろう?」
「わ、わかんねぇよ・・・そんなの」
杏子は俯いた。
そしてすぐに、何かを理解したように顔を上げてふじのを見る。
ふじのは杏子の反応に満足したように、ニコリと笑った。
「杏子なら分かってくれるって、そう思ったんじゃないかな」
翌日
「恭介、入って良い?」
『さやか?いいよ、入って。』
さやかが病室のドアを開くと、そこにはいつも通り恭介がいた。
いつも通りに、さやかは恭介のベッドの横に椅子を引いて座る。
「ごめんね、さやか・・・」
「恭介?」
「僕、さやかに酷いこと言ったから。」
【さやかはさ、僕をいじめてるの?】
【聞きたくないんだよ、弾けもしない音楽なんて!!】
昨日のことだった。
医師から腕の回復は絶望的だと伝えられた恭介は、さやかに強く当たってしまったのだ。
誰が悪いわけでもない。
さやかに酷いことをしてしまったのに気づいたのは、静かな病室に一人きりになった時だった。
ただ目の前が真っ暗になってしまって、さやかの姿すら見えなかった。
「ぜんぜん大丈夫。
あたしこそ、恭介のこと何にも分かってなかった。」
「さやか」
膝の上で握りしめていたさやかの手の上に、温かい感触がある。
分かっていたよ、だってそれを直したのは私だから。
その言葉がふいに口から出る前に、溢れてきたのは涙だった。
恭介の左手がさやかの手を握っていた。
「奇跡だって、言われたんだ。」
「恭介ぇ・・・」
「さやかの言った通りだったね」
微笑む恭介。
さやかは堪らず、恭介の手に自分の手を重ねた。