甘味拾

□時間よ廻れ
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六時間目の保健室は温かい。


「貧血ね。具合が良くなるまで保健室にいた方がいいわ。」

「はい・・・」

ほむらは養護教諭に小さく返した。
私もかっこよくなれるのかもしれないと思っていた。
ほむらはギュッと着ている体操着の裾を握る。
でも現実は言葉で言うよりももっと複雑なものであった。
数学の問題を解こうとしても分からない。
電子黒板の前に立って流れてきた問題に向き合ったとき、ほむらは涙目になっていた。
今もそうだ。
病院のベッドの上での生活が長かったせいで体力は極端に落ち、体育の準備運動だけで貧血を起こしてしまった。
クラスメートたちの何気ない言葉は、ほむらの中にまだ残っている。

【準備運動だけで貧血ってヤバイよねぇ・・・】

皮肉を交えた声色に、ほむらは逃げ出したくなった。
ほむらはため息をつく。
保健室のドアが、ガラッと開かれた。

「三年の飛鳥井です。絆創膏貰いに来ました。」

「!」

「あら、どうしたの?」

保健室にやって来たふじやは、片手の指をハンカチで押さえていた。
養護教諭はふじやを手招くと、恐らく女子生徒のものであろう花柄のハンカチをそっと取る。
ハンカチの内側は血で赤い染みが出来ており、指はぱっくりと切れていた。

「調理実習で、包丁でぱっくりやりました。」

「次からは気を付けてね。」

ふじやは頷くと、保健室のソファーに座っているほむらを見つけた。
ほむらは咄嗟に顔を反らしてしまうが、ふじやは笑って「具合大丈夫?」と言った。

「もう知り合いになったの?」

「二年の鹿目さん伝いで。」

養護教諭の質問にふじやが答えた。
ほむらは顔を少し赤くして、ふじやの言葉にただ頷く。
ふじやの声を聞いていると、心臓の辺りがきゅうっと痛くなる。
緊張しているのか、否か。
ともかく、ふじやがほむらの目の前に顔を近づけたとき、心臓の異変は最高潮に達した。

「顔赤いよ?本当に大丈夫?」

「へ、平気・・・です!」

声が裏返ってしまった。
ふじやは優しく笑うと、面白いねと言った。
その笑顔を見て、ほむらは彼がまどかのような人間なのだと知った。
彼らにとって何でもない自分を気にかけてくれる、優しい人。
ほむらは思いきって自分からふじやに話しかけた。

「あの!」

「ん?」

「指、大丈夫・・・ですか?」

ほむらは顔を俯かせて、小さく指をさした。
これでも彼女の精一杯である。
ふじやが切ってしまった指はきれいに消毒され、絆創膏が張られている。
ふじやは指を広げてほむらに自分の手を見せた。

「ぜんぜん平気!心配してくれてありがとう、暁美さん。」

そう言ったところで、授業終了のチャイムが鳴った。
ほむらは小さく「あ・・・」と声を漏らす。
結局、体育の授業にほとんど出られなかった。
なんて自分は駄目なんだろう、とほむらはまた俯く。
ふじやはほむらが下ばかり向いてため息をつくのが気になっていた。

「なぁ、暁美さん。」

「は、はい!」

「今日さ、よかったら一緒に帰らない?
貧血なんて心配だからさ。」

「最近の中学生はませてるわね〜」

「そういうのじゃないですよ。」

冷やかしてくる養護教諭は無視して、ふじやはほむらに尋ねる。
ほむらはかなり迷った後、肩を竦めて「はい」と言った。
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