移行済・甘味拾

□時間よ廻れ
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温かい紅茶と切り分けられたケーキが並ぶ。
魔女との一戦を終えた四人は、魔法少女の一人巴マミの部屋に集まっていた。
と言うのも、キュゥべえがほむらに見えた時点で話さなければならないこともあるからだ。

「鹿目さんは、いつもあんなのと戦っているんですか?」

「んー、マミさんはベテランだけど、私は先週キュゥべえと契約したばかりなの。」

「でも今日の戦い方は今までで一番良かったわよ、鹿目さん。」

「良かったな、まどか。」

「えへへ」

ケーキをフォークに刺したまどかは、マミとふじやに褒められて嬉しそうに笑う。
ほむらはふじやにも尋ねた。

「飛鳥井さんも、知っていたんですか?」

「マミたちみたいな魔法少女になれるのは女の子だけなんだけど、何故か俺にも素質があるみたいで。
俺はキュゥべえと契約していないけど、魔女が見えるからにはってことで一応全部知ってる。」

「今日はふじやにとって厄日ね。
包丁で指は切るし、結界迷路に迷い込むし・・・これで何回目?」

「多分、三回目くらい?
そういえばハンカチありがとう。また返すよ」

「怖く、ないんですか!?」

あんなに不気味なものと戦った後なのに、三人は日常に戻っている。
ヘタをすれば大怪我したっておかしくない。
ほむらからすれば不思議に思えて仕方なかった。

「そりゃ、ちょっとは怖いけど・・・
だけどその分たくさんの人を救えるから、やりがいはあるよね」

「鹿目さんには、“ワルプルギスの夜”までに一人前になってもらわないとね」





“ワルプルギスの夜”
それは、最強で最悪の魔女だ。
彼女は結界に隠れる必要がなく、その姿が具現化されただけで大量の人間が死ぬ。
見滝原市に現れたワルプルギスの夜によって、市は壊滅した。

「マミ、マミ・・・!!」

瓦礫が散乱するそこは、降った大量の雨によって海のようになっている。
制服が濡れるのに構わずに、ふじやはもう動かないマミにしがみついていた。

「んで、こんなことに・・・!」

マミは首から上がなくなっていた。
ベテラン魔法少女のマミでさえ、ワルプルギスの夜に歯が立たなかった。
ふじやは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらマミの名前を呼び続ける。
大切な女の子なのに、守ってもらうだけで何も出来なかった。
まどかは、悲痛な叫びをあげる幼なじみを見つめた。
せめて彼と彼女だけは、助けなければ。

「ごめん、私いくよ」

まどかは一度目を伏せ、それからワルプルギスの夜を見上げた。
今、ワルプルギスの夜と戦えるのはまどかしかいない。

「無理よ!鹿目さんまで死んじゃうよ!ねぇ、逃げよう?」

ほむらは涙ぐみながら、まどかに言う。
しかし、まどかは首を横に振った。

「私しか出来ないから。
私ね、ほむらちゃんを助けられたとき本当に嬉しかった。
ほむらちゃんと友だちになれてよかった。
それが私の自慢だから、魔法少女になってよかったって思えるんだ。
ここは守りたい場所だから、私はいくね」

「ダメよ、鹿目さん!!」

「さよなら、ほむらちゃん!」

まどかは走り、次の瞬間、地面を蹴ってワルプルギスの夜に向かって飛んだ。
ほむらはまどかの背中を見つめる。
止めなくちゃ、鹿目さん、行かないで鹿目さん!

「鹿目さん!!」

ガラッと、ほむらの真下にある瓦礫が崩れた。
ほむらは頭から落ちそうになったが、強く腕を引っ張られたおかげで難を逃れる。
ほむらは助けてくれた人物、ふじやを見た。
ふじやはただ、首を横に振る。

「一人じゃ勝てないんだ・・・!!」

ふじやには何も出来ない。
それは既に生まれる前から決まっていた。
彼には、初めから大切な女の子の死に泣いて、自分よりも年下の女の子に守られるしか出来ない。
例え素質を持っていても無力なのだ。
無力、という言葉だけがふじやを埋め尽くす。
ぐるぐると宙で踊るワルプルギスの夜が、ふじやから溢れる負の感情に反応した。
甲高い笑い声をあげて、念力で周りの瓦礫を浮かばせる。

「俺から離れて、暁美さん」

「飛鳥井さん!」

ふじやはほむらを突き飛ばした。
このままでは彼女まで巻き込まれる。


絶望を、もっと絶望を!!!


高らかにワルプルギスの夜が絶望を謳う。
瓦礫は、寸分違わずふじやに向かって落ちてきた。





雨はしとしとと降り続いている。

「なんで、死んじゃうって分かっていたのに・・・!!」

ほむらは水溜まりに沈むまどかの遺体に泣きついていた。
巴マミも死んだ。
飛鳥井ふじやも死んだ。
そして、鹿目まどかも死んだ。
もう残っているのは暁美ほむらただ一人と、頭上を踊るワルプルギスの夜だけ。

「あなたに、生きていて欲しかったのに!」

「その言葉は本当かい?暁美ほむら」

スッとキュゥべえが現れた。
キュゥべえはほむらの心に染み渡るように語りかける。

「その願いに、魂をかけられるかい?
戦いの運命を受け入れてまで叶えたい望みがあるのなら・・・」


僕が力になってあげられるよ!


それは、ほむらにとってとても甘い誘いだった。
直後、ほむらは顔をあげてキュゥべえを見上げる。
ほむらにはキュゥべえがまるで、神様の使いか何かに思えた。

「あなたと契約すれば、どんな願いでも叶えられるの?」

「そうだとも。君にはどうやら、その資格がありそうだ。
教えてごらん。君は、どんな願いでソウルジェムを輝かせるんだい?」

ほむらの中には、たった一つの願い事が既に浮かんでいた。
ほむらは迷わずに自分の望みを口に出した。

「私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。
彼女に守られる私じゃなく、彼女を守る私になりたい!」

それには、自分の運命を呪った彼も含まれていた。
彼が絶望しないように、ほむら自身が彼を支えたかった。
そうすれば、彼も彼女も、こんな運命を辿らずに済むのだから。

「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。
さぁ、解き放ってごらん・・・君の新しい力を!」

ほむらの心臓の真上から、紫色の光の塊が現れた。
目が眩むほどの光を放つそれを、ほむらは手を伸ばして掴み取る。



カチッという、歯車が回るような音がほむらの耳に届いた。
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