甘味拾

□あなたが守った世界だから
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「じゃぁ、この問題を・・・飛鳥井。いけるか?」

「はい」

電子黒板に表示された三角形の証明問題。
ふじのは専用のタッチペンを手にして問題に取りかかる。
予め予習してあった分野だったため、解くのに苦労はなかった。
スラスラと証明に必要な条件を書き出し、最後に「∴△ABC∽△PQR」を書いて終わる。

「よし、正解だ。難しい問題だったがよく解けたな。」

ふじのは少しだけ照れて自分の席に戻った。
クラスメートからは小さな「すごい」「頭いい」との声が聞こえる。
ふじのが座ると、後ろの席にいるマミにウィンクされた。
ふじのはマミにピースを見せた。



これが、彼女の日常。
今日も何も変わることなく、平和な一日が流れていく。





「本当にありがとうね、暁美さん。」

放課後、保健室へ続く廊下をふじのとほむらが歩いている。
二人の手には、大きな段ボールが抱え込まれている。
段ボールの側面には“トイレットペーパー45ロール入り”と書かれていた。

「副委員長は部活まだ続いているから来れないんだよね。」

「大丈夫よ。私、保健委員の仕事嫌いじゃないわ。」

ふじのは「ありがとう」とほむらに言う。
放課後の校舎の中には、吹奏楽部や合唱部が練習している音楽が響いていた。
ふじのとほむらは、トイレットペーパーの補充をしていく。
空になった段ボールはゴミステーションに出し、保健室に戻った。

「あれ、先生いない?」

放課後は部活中に怪我をした生徒がやって来ることがあるので、養護教諭は必ず居るはずである。
ふじのが机の上を見ると、「会議に行ってます」の置き手紙があった。
ほむらにもそれを見せる。

「その内に戻ってくるか・・・あ、暁美さんにいいものある!」

ふじのはちょっと来てと言うと、保健室の奥に入っていく。
ほむらは言われた通りにふじのの後をついていった。
保健室の奥には小さな冷蔵庫があって、ふじのは扉を開けた。

「委員長しか知らない特別冷蔵庫!
いつも好きなジュースを入れてるんだけどね〜、あれ?」

ふじのが出したのは、一個の紙パックジュース。
パッケージには「△△社のうまいミックスジュース」と書かれている。
しかし、ふじのは怪訝な顔をした。

「先生が飲んだな・・・ミックスジュースはどこも同じって発想!」

冷蔵庫に入っていたのは、ふじのが好きではない会社のミックスジュースだった。
しかも冷蔵庫の中にはそれしかなく、ふじのは申し訳なさそうにほむらに謝った。

「ごめんね。また今度、美味しい方をあげるよ。」

「いいえ、こっちを貰うわ」

ほむらはふじのの手からひょいっとジュースを取る。
そのままストローをビニールから外して飲み口に入れた。

「え、悪いって!」

「好きな人がよく飲んでいたのを見て、私も好きになったから。」

ほむらは笑った。
ジュースを吸うと、甘酸っぱい果実の味が口の中に広がる。
紙パックを持ってはにかんでいた彼の姿が、ほむらの頭の中に浮かんできた。
一方、いきなりのほむらの発言にふじのは驚きを隠せない。

「暁美さん、大人だね・・・」

ほう、とため息をついたふじの。
ほむらはもう一人の彼女である彼に想いは伝えていないけれど、それで十分だった。
ほむらがジュースを飲んでいると、ふじのの手がほむらの髪の毛に触れる。

「ちょっと動かないで。リボン曲がってたから・・・オッケー!」

ふじのは少し曲がっていたリボンの形を丁寧に直した。
そういう仕草も、彼にそっくりだ。

「暁美さんの好きな人って、この学校の人?」

「いいえ。ここに来る前に知り合った人」

「へぇ〜」

「名前は、ふじや君って言うの。」

「ふじや・・・?」

ふじのはその名前を頭の中で繰り返した。
聞いたことがあるような気がしたからだ。
でもそれが一体どこで、いつなのかは全く分からない。
それなのに、懐かしい響きを覚えた。


「とても、素敵な人よ」


ほむらがそのとき見せた表情は、ふじのが知るなかで一番輝いていた。
彼女は本当に彼のことが好きなんだとふじのは感じた。



これが飛鳥井ふじのの日常。
友だちが居て、頼れる後輩が居る、そんな日常。
ふじのはふと思うときがある。
何かを忘れているような、いないような不思議な感覚をたまに思い出す。
でも、それはきっと夢か何かだと言い聞かせて流している。
そして今日も、彼女は鹿目まどかが作り変えた新しい世界を生きるのだ。
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