移行済・甘味拾

□哀れな人魚姫は、泡となって消えることも叶いませんでした。
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『入ってもいいかい?』

寝室の窓に、月明かりに照らされて不気味な影が映る。
ベッドの上でうつ伏せになっているふじのが小さく「嫌だ」と呟くと、影は頭を傾げた。

「今さら何しに来たのよ、キュゥべえ。」

『一応、説明と弁解かな。』

キュゥべえは窓の外で尻尾を振った。
部屋の主に拒否されたので入ることは止めておく。
ふじのには見えていないが、キュゥべえはいつも通りの無表情のままで話し始めた。

『“エントロピー”って知ってるかい?』

「・・・熱力学の法則」

ふじのがそう返すと、キュゥべえは説明の手間が省けるよと言った。
簡単に言えば、焚火で得られる熱量と木を育てるのにかかる労力では、圧倒的な差がある。
このように、物質のエネルギーが別のエネルギーに変換されていく毎にエネルギーのロスが生じていく。
それは宇宙にも同じことが言えるのだとキュゥべえは話した。
このままだと宇宙のエネルギーは底をつき、いずれは寿命を終えて消滅してしまう。

『だから僕たちは、生物の感情エネルギーを変換して、効率よく利用する方法を開発した。
でも生憎、僕たちは感情というものを持ち合わせていなかったんだ。』

そして、宇宙に存在するあらゆる種を調査していく内に人類に行き着いた。
人間の感情エネルギーは、人間が生まれてから成長するまでにかかるエネルギーを軽く凌駕する。
まさに、キュゥべえたちが発見した方法には人間が最適なのだ。

『とりわけ、第二次成長期に当たる少女の希望から絶望への転換エネルギーは膨大なものだ。
僕たち“インキュベーター”の仕事はね、君たちと契約してエネルギーを回収することさ。』

「何よ、それ・・・」

『現在の個体数は六九億人、四秒に十人増えている君たちは、宇宙でも類を見ない繁栄ぶりだ。』

「だから、別に一人くらい死んだって構わないって言うんだ・・・」

『単一個体の生き死にで、どうしてそんなに騒ぎ立てるのか・・・僕には理解しかねるよ。
その個体が死んだことで、人間という生物種が絶滅することはないのにね。』

「魔法少女は消耗品なんだ。」

『いつか、君たちの犠牲は全宇宙を救うことになるんだよ。』

そのためなら命を捧げてもいいじゃないかと、キュゥべえは訴える。
冗談じゃない。
途方もないほど規模の大きい話をされた上に自分は消耗品扱いされていた事実に、ふじのは唇を噛んだ。

『事実から述べると、君が秘めている潜在能力は他の魔法少女に比べて高い。
君から生まれるエネルギーも期待しているよ。』

機嫌取りのつもりなのだろうが、ふじのにとっては不快極まりない発言であった。
そこでふじのはあることに気がついた。
そういえばキュゥべえは、事ある毎にまどかに契約を勧めていた。

「まどかを契約させようとしたのもそれのためなんだね?」


『鹿目まどかの秘めている力は計り知れないよ。
彼女はいつか、最高の魔法少女となって最悪の魔女となる。
結果としてそれは宇宙を守ることになるんだけど、まどかは理解してくれなかったよ。』


ふじのは勢いよく起き上がると、カーテンを乱暴に開けた。
窓の向こうには、今までと同じようにキュゥべえが佇んでいる。
どうしたんだい、と尋ねてきそうな雰囲気でキュゥべえは尻尾を揺らした。
ふじのは窓を開けるとキュゥべえに掴みかかった。

「まどかに話したの!?」

「もちろん。ここまで来たら、説明しなきゃと思ってね。」

「まどかに何て言った・・・」

「君に話したことをそっくりそのまま。
あと、宇宙のために死ぬ覚悟が出来たらいつでも契約をしてねって―――」

キュゥべえの言葉はそこで途切れた。
代わりに、空気が裂けた音と水気を含んだベチャッという音がやけに大きく響く。
ふじのの手には、魔法で出現させた斧が握られていた。
キュゥべえに我慢できず、一瞬で切り裂いたのだ。
しかし

「やれやれ」

「っ、何で・・・!」

ぴょん、と現れたのは今殺したばかりのキュゥべえだった。
ふじのがぐちゃぐちゃにしたキュゥべえの肉体を、もう一匹のキュゥべえがガツガツと食べる。

「困るよ、勿体ないじゃないか。」

「・・・もう帰って」

「その方が良さそうだね。
ふじの、君だってまどかほどではないけれど」



最凶の魔女になる可能性を秘めているのだから、自信を持ってね











つづく
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