DRAGON QUEST 5

□涙雨、のち晴空!
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『ん!?ぬぁああ!?ヘンリー王子がいない!』

「……あ、うん。そうだね……。」

見事にヘンリーに騙された結衣とアベル。
子憎たらしい餓鬼に完全に頭に血が昇っている結衣とは対照的にアベルは浮かない顔だ。
というか、もう無気力に近い。

相変わらずアベルの顔を見ていない結衣は、そこらに隠れている(かもしれない)ヘンリーを探し出そうと駆け出した。
危なっかしい結衣を止めるのはいつもアベルの役割なのだが、状況が深刻な為カカシのように棒立ちするだけであった。

「(どうしよう……どうしたら……っ!)」

『ヘンリー王子ー!どこですかーーっ!!ぎゃあ!!??


ーーズベン!!


危なっかしさNO.1の称号を持つ結衣は元気良く赤いカーペットに顔面ダイブ。
奇声とこけた音でアベルははっと我に返った。

「……っえ!?(結衣が転んでる!)だ、大丈夫結衣!怪我は!?」

『うぅ〜〜いってて……。な、何とか平気です……あぁ何かネコ被ってんの馬鹿らしくなってきたわ、私……!

アベルの手を借り起き上がるも、鼻がごっつ痛いのはどうにもならないらしい。
近くでヘンリーが聞いているかもしれないが、思わず本音も出てしまった。
しばらく結衣についた埃汚れをはたいてくれていたアベルだったが、ふと一点に目がいった。

「ねぇ、結衣……もしかしてアレ?」

『……わぉ。』

偶然にも結衣が転んだ元凶物が、隠し階段への入り口だったらしい。
勢い良く躓いた衝撃で、スイッチが入ったのだ。



□■



「ふっふ、ふふふーん♪」

思惑通り、2人を撒いたヘンリーは城の廊下を悠々と歩いていた。
あの隠し階段は父親さえ知らない秘密の抜け道なのだ。
しばらくは自分を探して必死になる大人たちの姿を考えると浮き浮きしてしまう。

すると。


「『ヘンリー王子ーーー!!』」

隠し階段の入り口である壁を突き破り出てきた子供2人組とボロンゴ。
少々誇りまみれなのは1人で通るのにも狭い階段を2人+1匹で無理やり通ったからだろうか。

「な!!?何でお前らそこから……。フン、なかなかやるじゃねーか。」

「騙すなんてひどいじゃないか!それに勝手にいなくなったら君の家族が心配しちゃうよ。」

「……っ!!うるせぇ!!お前なんかにオレの何が分かんだよ!!」

アベルから放たれた、家族、という言葉に動揺を見せるヘンリー。
先ほどまでニヒルに笑っていた少年が見せた傷ついた表情に、アベルと結衣は戸惑いを感じた。

「ヘンリー……君……。」

アベルが、ヘンリーに向かって静かに一歩踏み出した。
その瞬間、廊下の勝手口から勢い良くドアが開かれた。


ーーーバン!!!


「!……ヘンリー王子だな。」

「!??な、何だお前たちは!うわあぁぁぁ!?」

「……!ヘンリー!!」

突然現れた怪しい数人の男が、勢い良く入ってきた。
それと同時に、ヘンリーを一目見た男がヘンリーを脇に抱えたのだ。
いきなりの事であっけにとられるアベル。
その時、今まで黙っていた結衣が動いた。

『アベル!!』

「……!こっちだボロンゴ!」

結衣が声を掛けると、アベルは瞬時に何をする気なのか納得しボロンゴと左へ跳躍した。
魔力を集中し、唱えるのは氷の呪文。

『悪いけど、ヘンリー王子は返してもらいます!ヒャダルコ!!』

「うわあぁぁ!??あ、足が……!」

「う、動けねぇ!!」

「あのチビ、魔法使いか!?」

ヘンリーを抱えている男を含め、男達の足を氷で封じ込める。
ただの子供だと思っていた男達は、焦って足を抜けようとするが……もう遅い。
結衣はヘンリーを助け出す為、もう別の呪文を詠唱し終わっていた。

『風よ!かの者を吹き飛ばせ!バギクロス!』

「うっ……な、なんて強い風だ……吸い上げられる……っ!!」

「ま、まさか……放さねぇよな……おい……。」

ヘンリーを抱えている男へと放った、風系最強呪文バギクロス。
上へと流れる風は男とヘンリーを襲うが、魔力の調整で切り刻まれたりはしない。
ただ、子供の体重のヘンリーは軽い為風圧の影響を受けやすかった。


ーーースルリッ


「ばっ……ばっかやろぉぉぉお!!おちる、おちるーーー!!」

『……うっしゃ!アベル、ボロンゴ!』

男の手から投げ出された(正しくは吹き飛ばされた)ヘンリーを確認し、呪文を中断。
そしてアベルとボロンゴは落ちて来るヘンリーに向かって駆け出した。
素晴らしい条件反射でヘンリーを受け止めたアベルと、1人だけでは足りない部分をボロンゴがフォローした。(あ、服やぶれちゃった)

『ヘンリー王子ーー!よくご無事で!』

「………っっ何が無事だ!お前の呪文のほうが危なかったじゃねぇか!!」

『落ちてくる時涙目でしたもんねっ!』

「な、泣いてなんかねぇよ!!笑うな!」

結衣が笑顔で駆け寄るも、先ほどの飛行劇が相当怖かったらしく返って来たのは怒鳴り声だった。
今まで散々やらかされたので、ネコを被る気もないらしい結衣にアベルも苦笑をこぼしたのだがご機嫌ナナメのヘンリーにとばっちりを受けてしまった。

『ヘンリー王子、私の事は怒ってもよろしいですが、アベルとボロンゴには…』

「ありがとな。」

「『え?』」

「だ、だから!助けてくれてありがとうって言ったんだよ!
何度も言わせるんじゃねぇ!」

一瞬聞き違いかと思った結衣とアベルだったが、どうやら現実らしい。
真っ赤な顔で逆ギレするヘンリーは、見てて何とも可愛らしい。
ヘンリーの雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、ボロンゴもヘンリーに擦り寄り嬉しそうだ。
初めは戸惑いの色を見せていたヘンリーも、ボロンゴのふかふか毛並みに魅了され、すっかり頬をゆるませていた。

しかし、和やかな空気になったのもつかの間。
目の前で話していたヘンリーの体にきゅっと縄紐がかけられた。
あっという間に引っ張られ、ドアの外へと引きづられたヘンリー。

『なっ………!?』

「まだ、仲間がいたのか……!」

「がるるるるる……!」

完全に油断してしまった。
慌てて後を追いかけるも、そこには小船に乗せられた猿轡をはめられたヘンリーと1人の男の姿が見えるだけ。

結衣は自分の不甲斐なさに唇を強く噛んで後悔した。

「結衣!アベル!!」

「お父さん!」

『………っ!』

その時、廊下からパパスの声が響く。
先ほど氷で足止めした男達の姿を見て、一瞬顔を歪めたパパスは一体何があったのか、と問うた。

「大きな音と、叫び声が聞こえたのでな……。
一体何があった?ヘンリー王子はどこに?」

『……っ隙を、つかれました。ヘンリー王子は怪しい男1人に裏の小船で連れ去られました。
川の流れからして、恐らく向かったのは東の方角です。』

的確にパパスに情報を話す結衣。
だが、小さな手のひらは悔しさで強く握りしめられていた。
そんな結衣を見て、自らの手を額にあてて後悔するアベル。

「僕が悪いんだ……!一度助けられたからって油断したから……!」

『……っアベルのせいじゃないよ!そんなの私が……!!』

「……っいい加減にするんだ2人とも!今はそんな事を言っている場合ではない!」

責任は自分にある、とお互いに言い張る2人を止めたパパス。
最もなお叱りに結衣とアベルはぐっと黙った。
俯く2人に、パパスは子供達の背に合わせしゃがみこむ。

「……大丈夫。結衣の的確な情報があるんだ。ヘンリー王子は私が絶対に助け出す。」

「……っえ!僕達は!?」

「どんな敵かも分からない所にお前達は連れて行けん。
ここで待っていなさい。」

『パパスさん………!!』


頭に置かれた大きな手のひら。合わせた視線が「すまない」と語りかけてくるようで。
ーーあぁ、そうか。知られていたのだ。私がパパスさんを守ろうとしている事を、1人にさせないようにしていた事を。
何があっても傍から離れない、そう……決めていた。
だけど……だけど、こんな大変な事件を起こしてしまった私にはーーーこれ以上我侭を言ってパパスさんを困らせられない。

悔しさに顔を歪める結衣とアベルの表情を見て、パパスは頭をポンっと叩くとヘンリーが連れ去られたドアから飛び出した。

ーーーー遠くなっていく大きな背中。

その事実に、結衣はペタンと地面に膝をついた。
ヘンリーを守る事もできなかった、パパスさんを追いかける事ができない、そんな自分がたまらなく無力で。馬鹿で。歯がゆくて。

『……う…っく』

泣きたくなんかない。そう思うのに、溢れてくる涙は止められなかった。
漏れる嗚咽を服の袖で防ごうとするが、止められない。

「………。」

アベルはそんな結衣を見て、しゃがみこみ手を掴んだ。
勢い良く引っ張り結衣を立たせる。
が、すぐにまた力が抜けて座り込む結衣。

「……立って、結衣。立ってよ。」

『……無理だよ。立っても……追いかけられないのに。
何も……何もできないんだよ。』

スルリと離れ、落ちていく手のひら。

結衣は思った。何て情けない人間だろうと。
只、怖いのだ。子供1人助けられなかった人間があんな偉大で強い人を助けられるわけがないって。失敗して、取り返しがつかなくなったらどうしよう、と。
アベルの手が取れない。立ち上がる気力はなくなってしまった。



「………ごめん。」



ぽた。


雨のような雫の音。自分の流した涙が落ちた音ではなかった。
俯いていた顔をあげれば結衣の目の前で、アベルが……泣いていた。

『アベル………?』

「ごめん、ごめ……!だいきらい、なんて……嘘なんだ。とっさに言っちゃって……僕。
最近結衣がお父さんのことばっか見てるのが嫌だったけどっ……かっこ悪いから、言えなかったんだ……!」

アベルの流した涙が落ちて水溜りを作っていく。
結衣の張り詰めていた心が溶けていく。
瞳に小さな光が宿った。

「前みたいに……っ手だって繋ぎたい。俯いてないでちゃんと僕を見てよ。
結衣が立ってくれなきゃ僕だって前に進めない……!
2人でヘンリー王子を……お父さんを助けに行きたいんだ!」

『……まいっちゃうなぁ。』

結衣は力の入らない足をなんとか立たせ、アベルを静かに抱きしめた。
目尻からは、一筋の涙がこぼれるが構わない。
これはうれし泣きだ。

アベルは純粋で、素直で。時に間違えても優しさと強さで新しい道を切り開けてしまう。
もう、何もできない。と言い切った結衣に「2人で助けに行こう」と手を差し伸べた。

ーーーどんなに、嬉しかったか。


「ゆ………っゆゆゆゆ結衣!??」

『ありがとアベル……大好きよ。』


精一杯の心をこめて、言葉を放った。
至近距離からのとんでもない言葉の攻撃にアベルは一瞬言葉を失うも、ぎゅうっと抱きしめ返して笑った。


「……っ僕も、だいすきだよ!」

『うん!』


悔しくて、悲しくて、空から落ちた涙雨。
降り止めば、そこには笑顔満開の晴れ空。

「ふみゃんっ♪」

仲直りした2人を、ボロンゴは嬉しそうに見つめていた。
しっぽを振って、ついには我慢できなくなり2人へと駆け出す。








(僕は、結衣の笑顔が大好きだよ!)
 

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