□10000ヒット企画
1ページ/1ページ

君がいるだけで
Yuya Higuchi
Kanae Kagohara



全ての事は卒なくこなして来た。
運動は人並みに。
勉強は人以上に出来る。
19という異例の若さで刑事、なんていう職業に就いたのも、全ては予定調和。

ただひとつ、彼女に逢う事だけが、予想も予測もつかない不測の事態。


「なにやってんの」
訝しげな目つきで見下ろす、目下の恋人を見上げ、匪口は笑った。
「え?なにって、見たまんま」
ふたり掛けのソファに寝そべって、ノートパソコンと睨めっこ。
それが彼女には面白くないらしい。
両手に持っていたマグを片方、匪口に渡してソファに凭れるように床に座り込む。
毛足の長いラグは、膝下の素肌に心地良かった。
「何か面白い事でもあんの?」
頭だけで振り返って、パソコンの画面を覗き込む。
別に、ヤバい動画を見ているとか、そういうわけではなさそうだ。
代わりに、ディスプレイに広がっているのは、目が痛くなるような、眩しい色の洪水。
「宝石ばっかり眺めてたって、降って来ないわよ?」
形の良い眉を顰めて、叶絵はカップに唇をつけた。
ほろ苦い珈琲が舌の上を滑って、喉の奥へと流れてゆく。
「降って来たら馬鹿が増えるだけじゃん。っていうか、また指輪探してんだよなー」
ちらりと、横目で叶絵の右手を確認しながら匪口は口角を持ち上げた。
「ふぅん、今度はどこの女にプレゼントすんの?」
やる気なく齎された言葉に、匪口は絶句する。

この女は本当に。

「あのさ、俺が一体いつ叶絵以外の女に指輪プレゼントした?」
責める口調になるのも仕方が無い事だが、彼は自分の劣勢を最初から感じている。
「さあ?別にあたし以外に女がいたって驚かないけど」
「ちょ…俺は…」
頭の回転が早いのが彼の長所であるが、この時ばかりはどんな計算も追いつかない。
「あんたが他の女に転がったらそれはそれでラッキーだしね」
暗に、浮気をするならさっさとしろ、と仄めかして、叶絵は目許を細めた。
「叶絵!」
語気を強めて名前を呼んで、パソコンを閉じた匪口が起き上がる。
「なによ」
つんと素っ気無い、綺麗な恋人。
そんな姿だって、心臓が五月蝿くなるくらい、恋しくて仕方ないのに。
「…キスして良い?」
「……あんた、馬鹿じゃないの?」
確かに今の質問は愚問だった、と痛感しながら苦笑を浮かべると、呆れたような顔をしていた叶絵の方から唇を寄せてきた。
邪魔な眼鏡を外して、年齢がぐっと幼く見えた匪口を正面から見据えながら、叶絵は綺麗な顔で笑う。

「で、次の指輪はどこにくれるの?」

問われて匪口は勿論左手、と額を合わせて小さく囁く。
「ムカついたら捨てるわよ」
「解ってるよそんな事」
今だって、右手に確かに存在している指輪が、まるで夢のよう。
けれどそんな言葉は一切口に出さず、珍しく穏やかな時間にどっぷりと浸る。


やるべき仕事も、犯した罪も全て、忘れても許される瞬間。
一体いつまで彼女がこうして傍に居てくれるかは解らないけれど。


この幸せな時間をありがとう。

-----
Thanks!!
03jan2008
Uiya

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ