□無理数
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彼女の目が追っているもの。

背の高い、後姿だったり。
キラキラ光る宝石だったり。
整えられた爪だったり。
新発売の携帯…だったり。

「何見てんの」
不意にこちらを見た視線は、不機嫌さを隠そうともしない、刺すような鋭さ。
彼は、ふんと鼻先で小さく笑う。
「何って、籠原叶絵」
「…あんたって、本当にワケ解んない」
苛ついたように視線を外して、彼女は携帯の新機種を手に取った。
薄いし軽いしデザインは可愛いし色合いも良い。
これで値段が手頃なら、なんて。
発売したばかりでそれは無茶だろう、思いながら彼は横から口を挟む。
「買ってやろっか?」
「あんたに貢がれたくないわよ」
いっそ清々しいほどはっきりと言い捨て、彼女はようやく彼に向き直る。

射るような視線に、思わず口許が歪む。

「あたしが新しい携帯欲しい理由知ってるんでしょ」
確認するように、平坦な声音で問われて、彼は頷く。
「知ってるよ」
「なら、なんで……ッ、もういい。ムカついたから帰る」
くるりと踵を返して歩き始める彼女の背中を眺めて、いい女だな、と思う。
背筋を伸ばして、颯爽と歩く後姿。

「ほんっと、嫌になるくらいいい女だよなぁ」

呟きながら、滲み始めた彼女の輪郭を改めて捉えようと眼鏡を掛ける。
――と、ぴたりと彼女が歩みを止めた。

「匪口結也!!」

振り返り様に呼ばれて、思わず眉間に皺を寄せる。
彼女が自分をフルネームで呼ぶのは、自分が彼女をそう呼ぶかららしい。
妙な処で律儀だ。
込み上げる笑いを噛み殺して、彼は彼女に向けて歩き出す。
彼女は既に背中を向けていた。

「携帯変えて俺を切ろうとしてるクセに…ほんっと、律儀でいい女」

頭が良いと察しがよすぎて困るもんだよな、と呟きながら、彼は彼女を追いかけた。




――報われる日など、夢にさえ見たこともないけれど。

***イイワケ
吐き出す言い訳も無いぐらい各方面に土下座したいです(最中付きで/とんずら!!)

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