文【ささやこ】

□それをひとは愛とよぶ
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煙草の煙。
前はあんまり好きじゃなかった。
家族で吸う人間はいなかったし、第一ご飯が美味しくなくなるし。

前は煙が目の前を横切っただけで、眉間に皺が寄ってた。
だって、吸ってる人より周りの人の方が害が大きいし。

でも、今は。
煙草に火を点ける仕草が格好良いと思う。
長い指の間に煙草があるのが格好良いと思う。
咥えてる時の口許が格好良いと思う。
横顔が格好良いと思う。

それから。

煙草が切れて、ちょっと残念そうに、つまらなさそうに、くしゃりと箱を潰す仕草が可愛いと思う。

可笑しいかな?
大人の男の人を見て、高校生の私が『可愛い』なんて思うの。
しかも、相手は刑事さん。
しかもしかも、どう見たって『格好良い』男の人。
でも、やけに可愛く見えちゃうんだよね。

なんて。
この間お茶しながら叶絵と話してたら。
ふふん、って意味ありげに笑った後で、叶絵は小さく呟いた。

「オトコを可愛いと思っちゃったら、それはもう愛だよ、ヤコ」


というわけで。
別に何が悪いっていうワケじゃないし、勿論悪い事したワケでもないのに、笹塚さんに逢い辛くなった。
が、しかし。
性悪魔人がそんな私の複雑な思考回路を理解してくれる筈もなくて。
(言ったら最後、単細胞、アメーバ、ミジンコとか散々詰られるに決まってる。お得意のウジムシコールまで付いてくる)
いつものように現場で出遭ってしまった笹塚さんの顔を、今日は見られずにいた。

「どうしたの弥子ちゃん、今日は大人しいね」
ひょいと顔を覗き込まれて、不自然に後ずさった私を全く気にした様子もなく、いつもの調子で問われた。
「え、ええ?!そそそ、そうですか?私、いつもこんな感じですよっ?!」
しまった…どもった…!!
顔を蒼くしていたら、ちょっと離れた場所に居たネウロが超絶爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

コレをネタに一生強請られる…!!

気付いたけど遅かった。
「…そう?ならいーけど」
会話を弾ませようなんて考えは、笹塚さんには一切ないから、そんな言葉で切り上げて、現場から去ろうとする。
だから、思わずスーツの裾を掴んでしまった。
「なに、どうしたの」
がくんと揺れたのもなかった事にして、笹塚さんは振り返った。

「あの、笹塚さん!」
「うん、なに?」

掌に嫌な汗が滲んでくる。
でも、ここで止める事は出来なかった。

「今までなんとも思ってなかったのに、突然可愛いとか思っちゃうって、どういう事なんでしょうか!!」

すると、笹塚さんは私の質問に一瞬面食らったような顔をして、それから天を仰ぐと「あー」とか意味の無い音を吐き出した。
そして、欲しいけど欲しくなかった答えをくれた。

「そりゃあ…いわゆる、愛…じゃないか?」

この際疑問系だった事は不問にしたい。
挑むように見つめてたら、笹塚さんは少し逡巡するような間を空けて、わしゃわしゃと私の頭を掻き混ぜた。

「なんかよく解んないけど…頑張れ」
「…っ、はい!」

良い子のお返事をしてしまったけれど、頑張る相手が自分だとは気付いてない笹塚さんに、なんだか肩透かし食らった気分だ。
去り際に、壁に激突した後姿を見て、ちょっと心配してしまう。


大丈夫かなあ、って呟いてたら、ネウロに『貴様の頭が大丈夫か、ヤコ』と、やけに神妙に尋ねられて、自分の残念すぎる人生に絶望した。
「まぁ、元より貴様の頭は心配するほどデリケートに出来ておらんからな、無駄な気を遣ったものだ。帰るぞ」
「…うん」


かなりしょんぼりしながらの帰り道、突然届いたメールを確認して、笑ってしまった。

『俺も頑張るよ。よく解んないけど』


***イイワケ
多分笹塚さんは気付いてるのかも。
っていうか、気付いてるけど自分の事だとは思ってないのかもしれないですね☆
ちょっとショックを受けて壁に激突する笹塚さんとか、愛しいと思うのは私だけでしょうか。

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