文【ささやこ】

□拍手お礼
1ページ/11ページ



なあ、弥子ちゃん。
と、笹塚さんが呼んだので、私は雑誌を捲っていた手を止めて顎を上げた。
真上にあるのは彼の顔。
ちょっと身体を離して、くるりと今度は真面目に振り仰いだら、笹塚さんはとても難しそうな表情で私を見下ろしていた。
「? なんですか、笹塚さん」
首を傾げて問い掛ければ、彼は小さくふぅ、と溜息を吐き出す。
いつものそれは癖のようなもので、別に呆れているとか疲れてるとかそういうんじゃない。
でも、今の溜息は。
「なんか、呆れてますね?」
「解ってんなら…」
「呆れてるのは解りますけど、理由が解りません」
心底不思議に思って、取り敢えず雑誌を閉じてフローリングの床に置いた。
そのついでに触れた床がひんやりとしてて、少しの間梅雨の湿気を忘れる。
6月も半ばを過ぎれば、もう夏に向かって一直線。
直球ど真ん中で猛暑への道を進んでゆく。
けれど、梅雨のじめっとした不快感は、エアコンで冷えて渇いた肌が人肌を求めるような、潤んだ甘さに変わって。

「取り敢えず、離れない?」

提案されて眉を寄せた。
だって、このぐらいが丁度良いのに。
「あのな、弥子ちゃん。取り敢えず、寒いんならドライ切るとか…」
「湿気が気持ち悪いんです」
「じゃあ、冷房にするとか」
「地球温暖化反対!」
「いや、そこ反対したところでどーなるわけでもねーし。そんなの俺だって反対だけど」
「じゃあ良いじゃないですかこのままで」
地球温暖化STOPとか言って、クールビズ推奨して、エアコンの温度は28℃だとか言うけれど。
結局のところエアコンの電源入れてたらそれは完璧環境破壊で。
そんなこと、知ってるけれど。
「俺は良くねーの」
何が、と問う前に、笹塚さんの腕が私の肩をくん、と押した。
あからさまな拒絶に、いきなり涙が零れた。

「ちょ、弥子ちゃん…?!」

途端に狼狽える笹塚さんに、フォローの言葉もナシで、私はほろほろ零れる涙を手の甲で拭った。
「な、なんでっ、折角ふたりきりなのに離れてなきゃいけないんですか!」
「いや、別にくっつく分には構わないけど…くっつき方にも色々あるだろ、つーか、弥子ちゃん危機感足りなさすぎ」
ソファあんのに俺を椅子代わりにしなくても良いと思うんだけど、と、ボソリと洩らされて、背中に感じる温もりが急に温度を上げたような気がした。

むしろ上がったのは私の体温だろうか。

背後からするりと伸びてきた手、指先が目許を優しく撫でて、残ってた水滴を綺麗に拭い去って。
それから、もう片方の手は、頬に添えられてそのままくいと笹塚さんの方に向けられた。
抵抗なんて、する暇ない。
目はばっちり見開いたまま、形の良い唇が私のそれを塞ぐ瞬間を見てしまって。
ダルそうで、でもとても鋭い光りを宿す瞳は瞼に隠されて。
いつもと違う感覚に、一瞬頭の中が飽和状態になった。
「ん、んんんんッ!!」
遠慮なく入り込んできた舌が、我が物顔で這いずり回る感覚はもうとっくに慣れたもので、それでもこの状況で恥ずかしくないわけはなくて。
「やっ、ん…笹塚さ…っ…」
さっき優しく目許を撫でてくれた手は、まるで当然のように絶妙な力加減で内腿を撫でてて。

「弥子ちゃんが、そんな可愛いから悪い」

ようやく離れたと思った唇は、私の息が整って抗議する前に耳朶を舐めながらそんな言葉を吹き込んでくる。
確かに久々に逢うから可愛い服装にしようって思ったけど、でも、スカートだって肩出しだって、いつもの事なのに。
なんて酷い言いがかり!なんて思いながらも、好きな人に、恋人に、可愛いって言われて喜ばないわけはなくて。

程良い湿度と温度に保たれていた筈の、部屋で。
のぼせるくらいの熱に襲われた。


で、結局のところ何が原因だったかって、笹塚さんの視界には私のささやかな胸元がチラチラ映ってたらしい。
っていうか、そんなの理由になってないですからね!!




***ごちゃっとしたのが書きたかった。
ていうか、なにしたかったんだ私(笑)
20080615.

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ