文【ささやこ2】

□覚悟
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泣き出してしまいそうなのは、決して彼の言葉に傷付いたわけではなくて。
己の馬鹿さ加減に嫌気が差したからだ。

それ以上でもそれ以下でもない。


彼の声に反応する自分がひどく可笑しかった。
完全な拒絶。
それすら耳に甘く残る。
「…これ以上、掻き回さないでくれるかな」
酷く凍り付いた音だった。

どうして、や、なぜ、なんて、訊ける筈もなかった。
それさえも、ただ自分の想いを押し付けるだけに過ぎないという事に気付いたから。

「…すいませんでした」
ただ、一言。
謝罪を口にするだけの少女に、彼は冷たい一瞥だけをくれて、踵を翻した。
無機質な足音。
響くのは、冷たい建物の長い廊下。

もうここに来る事もなくなるのかもしれないと思うと、無性に寂しかった。


最初に好きだと告げたのは、いつの事だったのか。
もうそんな記憶すら曖昧で、ただ気付いたら困ったように笑う彼を見上げていた。
いつも、いつでも、どんな時でも。

彼は、まるで贖罪を乞う聖者のように、自分を見ていた。
ただの一度もその唇から想いを聞いた事はない。

「すき…」

見えない背中に声を投げる。
呟いた声は弱々しくて、誰かが耳にすれば具合が悪いのではないかと心配しそうな程に掠れていた。
滲む視界に映るのは、灰色の世界。
鮮やかな色は何一つなくて、ただ、凍えるような心の色を模した、グレー。
持ち上げた指先が震えているのに気付いたけれど、彼女は僅かに口許に笑みを乗せて、目許を覆った。

消えてしまえばいいのに。
彼を苦しめる物全て。
この世から無くなってしまえばいいのに。

こんな、自分なんか。


自分勝手に想いをぶつけて、困らせて、呆れさせて、そうして斬り捨てられた。


命の重さを知っているから自らそれを断とうなんて、何があっても思ったりしないけれど。
それでも。
誰か、この心臓を止めてくれればいいのに。
よく知った、人でない存在の脳髄の空腹を満たすために、このぐちゃぐちゃに混乱した感情を差し出したって構わない。
全て解き放って。

自分が自分でなくなっても、構わない。


「…っ、う…」
噛み締めた唇から洩れた嗚咽に気付いて、少女は顔を上げる。
こんな所で莫迦みたいに泣いているわけにはいかない。
根が生えたように動かなかった脚を、一歩前に踏み出せば、二歩目からは驚く程スムーズに脚が動いた。
涙を堪えて、眉間に皺を寄せながら込み上がってくる声を殺す。


すきです。
すきです。
すきです。
すきです。
すきです。


心臓が動く度、脳が酸素を消費しながらそんな言葉を描き出す。
記憶にある出口に向かって歩きながら、少女はひたすら息を潜めた。
それが、儚い努力だとしても。
ただひたすら歩き続けて、ようやく出口に辿り着いた時。

扉の向こうから、雨の匂いがした。
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