文【ささやこ2】

□いえないことば
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愛してる、なんて口が裂けても言えやしない。




冷たい風が頬に当たって、ぴりぴりとした痛みを覚えた。
冬の空気はいっそ清々しいほど透明で、暴力的だ。
煙草を持つ指先が若干震えるのも、寒さのせいだと結論付けて、煙なのかなんなのか判別のつかない息を吐き出す。
芯から凍えるような、冷気。
それは恐らく、ただ気温のせいだけではない。

ここに、彼女が居ない。
ただ、それだけの事だ。

それだけだと言い切ってしまえば、自分がどれ程彼女に執着して、依存しきっているのかがよく解った。
「――馬鹿か、俺は」
彼女の方が余程大人だ。
無邪気ではあるが、決して人の感情の動きを見逃さない。
真っ直ぐで大きな瞳は、俺の吐き出す滑稽な嘘も全て見抜いてしまう。
しかし、真っ向からそれを暴こうとしないのは、彼女の優しさか。
それとも、単に、臆病なのだろうか。

彼女が俺を好きな事は知っているし、付き合いもそれなりに長くなれば何を求められているかだって、一目瞭然。

それでも、決して口に出せない言葉がある。


歳が違うから、立場が違うから、性別が違うから。
理由は腐る程あって、けれどそれら全てが決定的な理由などではない。
詰まるところ、俺も臆病なのだ。


「笹塚さん!どうしたんですか?こんな所で」
俺に気付いた制服姿の少女が、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
首には暖かそうなマフラー。
「いや、近くまで来たから…」
きょとんとして見上げてくる彼女を見ながら、馬鹿みたいな言い訳を口にする。
手土産ひとつも持たずに、学校の前で煙草をふかしている怪しい人間を、他の学生はどう思うのだろう。
ふと思ったが、そんな事はすぐにどうでも良くなった。
「…メシ、食いに行かない?」
唐突に吐き出した言葉を受け止め、彼女は嬉しそうに頬を染めた。

畜生、可愛いな。

「良いんですか?!えっと、こないだから気になってるお店があるんですけど…」
若干語尾を弱めて、上目遣いで俺の反応を確認する。
勿論、表面上いつもと変わったところなど無いはずだ。
それでも内心、彼女の言葉に逆らうつもりなど無いという事に、気付いている筈だ。
彼女はそういう人間だ。
「ん、じゃーそこ行くか」
短く返して、歩き出せば、彼女は足早に後を追いかけてくる。
隣に並んだと思った瞬間に、柔らかな掌が指先を包み込んだ。

「笹塚さん、いつからここに居たんですか?」
冷たい、と呟きながらそれでも手を離さない。
別に振り払う理由など無いから、彼女にされるがまま。
「……3時間ぐらい前?」
「なっ?!何考えてるんですか?!風邪ひいたらどーするんですか!!」
途端に物凄い剣幕で怒り出した彼女を横目で見下ろせば、顔を真っ赤に染めていた。
「あー…そしたら、弥子ちゃん看病してくれるんだろ?」
「っ…そりゃ、笹塚さんが倒れたら…お見舞い、行きますけど…」
今度は別の意味で頬を染めた彼女が、恥らうように視線を彷徨わせる。
ひょいとその顔を覗き込めば、今にも泣き出しそうな顔で、こちらを睨んだ。
「ちょ…笹塚さ、近いですッ!!」
焦って身を引く彼女から離れる。
けれど、指先は確かに彼女の温度を感じている。

「まったく…厄介だよな」

天を仰いでボソリと呟いたら、聴こえなかったらしい彼女は緩く首を傾げた。

この指先を離したくない。
誰にも渡したくない。
誰にも見せたくない。

なんて、餓鬼みたいな独占欲丸出しの自分を知ったら、彼女はどうするだろうか。
喜ぶか?
百歩譲ってそうだったとして、その後の俺はどうする?
餓鬼っぽい独占欲で済ませる気などさらさら無いから、散々泣かせる事になるだろう。

――真剣に考えている自分に気付いて、口許が歪んだ。

「笹塚さん?」
やわらかな癖に、明瞭な音が耳に飛び込んできて、視線を下げた。
見下ろした先の少女は、普段の天真爛漫さからは想像もつかないほど、大人びた表情で。
「大丈夫、ですよ」
なんて、あらゆる意味で的を射た言葉を与えてくれる。
「…うん、そーだな」
多分、彼女のそれは無意識だろう。
だから俺も、その言葉に素直に肯いておく。

否定する理由など微塵も無い。

「あ、あっちです」
空いている手で進行方向を指し、繋いだ指を引く。


もしかしたら、俺は彼女の手で、こちら側に引き戻してもらっているのかも知れない。
そんな漠然とした思いが胸を過ぎる。
不意に口を突いて出そうになった言葉を、いつも通り飲み込んで。
されるがままになっていた指先に、ようやく力を篭めて握り返す。
驚いたように振り返った彼女は、やはり、笑っていた。




この感情を、直接的な言葉で君に伝える事は、恐らく無い。
吐き出した瞬間に、全てを攫ってしまいそうな自分を自覚している。
だから、君がこの感情に目を瞑っていてくれる間は、決して、口に出さない。


愛してる、なんて。
口が裂けても言えやしない。


***イイワケ
なんで笹塚さんなの。
最初弥子ちゃんで書こうとしてたのに、気付いたら笹塚さんの一人称でした(え)

悶々とするドロドロな大人が書きたい(は?)

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