文【ささやこ2】

□ラビンユー
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優しい声、長い指、広い背中、煙草の香り。
微かに笑みを浮かべた口許だとか、苦笑して細められた目許だとか。

思い出すのは、今みたいに会えない時。

時刻は21:30。
あと30分もすれば、世間の高校生は補導される時間帯で。
でも、会えるんならそれも良いかななんて、考えてる自分が物凄くバカみたいで笑えた。
だって、補導されたら親に連絡が行って、学校に連絡が行って、何より笹塚さんに呆れられる。
困ったように溜息を吐き出されるのだけは勘弁したい。

こんなに好きで。
すきですきで、どうしようもなくて。
逢えない間は逢いたくて仕方なくて、脳内の引き出しから笹塚さんを全部引っ張り出して、思い出して。
そこに食欲なんて入り込む隙なんて無くて。
足元も覚束なくなるくらい、ただ、思い出して。
そのたびに胸の奥が暖かくて、でも此処に笹塚さんは居ないからすぐに冷え切って。
痛くて。
泣きそうで。
叫び出しそうで。

「笹塚さん…今すぐ、逢いたいんです…」

地面に向かって吐き出したら、爪先に小さな水が落ちた。
逢えない時間が愛を育てるなんて、嘘っぱちだ。
だって、逢えない間なんて、つまんなくて、退屈で、寂しくて。
今何してるのかなとか、声が聞きたいなとか、顔が見たいなとか。

名前を呼んで欲しいな、とか。

危うく洩れそうになった嗚咽を、どうにか飲み込んで、セーターの袖で目許を拭う。
合成繊維で出来た毛糸は水を弾いて。
袖にぽつんと水の粒が乗っかった。

ずずっと洟を啜ったら、また涙が零れそうで空を見上げた。
真っ暗。
月は出てる、星も出てる。
けど、私の心の中みたいに真っ黒で真っ暗に塗り潰されていて、無性に悲しくなった。

「お腹も空かない…なんでかな」
夕飯は食べてないはずなのに、空腹中枢は働かなくて、ちょっと可笑しくなった。
いっそ、いつもみたいにゴハン食べればきっとこんな寂しい気持ちも吹き飛ぶのに。
それさえも出来ないなんて。
―と、不意に鞄の中の携帯が震えた気がして思わず手を突っ込む。
乾いて冷たい空気に晒されてた手が、何かに引っかかって小さな熱を感じた。
けれどそんなのお構いなしに、取り出した携帯のディスプレイには。

『あ、弥子ちゃん?』

じんわり、胸の奥が暖かくなって。
『今何処に居る?』
「はい、えと、事務所の傍の、ファミレスを通り過ぎたトコ、です」
掠れて、切れ切れになった答えに、ああ、と理解したような返事をくれると、耳元で柔らかな声が続けた。
『今仕事終わったんだけど、弥子ちゃん、腹減ってない?』
「減って…」
ないです、と言おうとした瞬間に、お腹が鳴った。

首を傾げてお腹に片手を当てて。
なんでかな、と考えながらも口は勝手に動いていた。

「…ます。盛大に」
『盛大に?うん、じゃーそこのファミレス入っといて。15分で行くから、夕飯付き合って。好きなモン頼んでて構わねーから』
「はい!」
良い子のお返事をして、それじゃまた後で、と告げる声を最後まで聞いて、くるりと踵を翻す。
さっきは薄暗く見えたファミレスの看板が、煌々と輝いていて、まるで私を出迎えてくれるかのように自動ドアが開いた。

なんて現金なんだろう、私。
さっきまでは確かにお腹なんて減ってなかったのに。
笹塚さんの声を聞いた途端に、お腹が空くなんて。
不思議。

ちゃんと喫煙席に陣取って、テーブルに並べられたたくさんのお皿を片っ端から積み上げて、ほくほく幸せな気持ちで笹塚さんを待つ。
こんな時間にも思い出すのは、笹塚さんの事ばかり。
けど、どうしてだかさっきみたいな悲痛な気持ちにはならない。
ただ単純に、嬉しくて、ドキドキして、ワクワクして、あったかい。


これからやって来る笹塚さんに、最初になんて声をかけよう。
お疲れ様?
こんばんは?


うん、でも一番最初に言うのは、きっと、大好きです!!これに決まり!!


***イイワケ
開口一番大好きです!!じゃあ、笹塚さん度肝抜かれると思います(笑)
不安だとお腹も空かないようです…声聞いたらお腹空くってどんだけ…!!!

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