文【ささやこ3】

□I feel you.
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「いきなり付き合わせて悪い、弥子ちゃん」
溜息混じりに呟く笹塚さんに「大丈夫ですよ」と笑いかけて、視線を前に移した。
先日ちょっとした事件で知り合った被害者の、家族のところに行くのだ、と言いながら笹塚さんはやってきた。
どうやら、先方の条件が「探偵も一緒なら」ということだったらしくて、断るヒマさえなく事務所から連れ出された私だったけど。

本当は、ちょっと嬉しいんです、なんて言っちゃだめだよね。

笹塚さんにとってはお仕事で、お話を聞く相手にしてみれば、嫌な事件を思い出すっていう精神的な苦痛を伴う捜査協力。
私は、ただ同行して相槌をうつだけ。
だから、もっと神妙に、真剣に、してなきゃいけないはずなのに。

ただ彼が私のところに来てくれた。
名前を呼んで、声をかけてくれた。
その視界に、私を映してくれた。

たったそれだけの事実に、舞い上がってしまいそうなほど嬉しいなんて言えない。
そう感じてることすら申し訳ないというのに。
「でも、そういえばどうして私が呼ばれたんですか…?」
もう帰る途中だから、訊いても大丈夫かなと思って問いかけると、笹塚さんの横顔が少し強張った。
「…笹塚さん?」
重ねて名前を呼べば、ちらりと目だけがこちらを向いて。
それから小さな溜息ひとつ。
「本当は俺もどーかとは思ったんだけど」
話さないって言われたら仕方ないんだよな…と、言い訳するみたいに呟くから思わず首を傾げてしまう。
丁度赤信号で停車したのを見計らって、笹塚さんがくるりとこちらを向いた。
表情はいつも通り無表情なんだけど、何か、妙に機嫌が悪いような…?
「……弥子ちゃんのファンだったらしい」
「……へ?」
ぽかんと口を開いたら、笹塚さんはゆっくり首を振った。
お互い、わけがわからない。
「アヤ・エイジアの事件以来、弥子ちゃんの関わった事件の記事とかスクラップしてるらしい」
「えー…と」
それはほぼ、全部?
ちょっと顔が引き攣った。
そりゃあ、珍しい事件とか多いけど、そんなスクラップされるようなものじゃないと思う。
まあ、ひとの興味なんてそれぞれか。
「度が過ぎたらいつでも言って」
度ってどの程度なんだろうか、と思ったけど口に出さなかった。
代わりに、「ありがとうございます」と少し笑う。
だって、なんだか笹塚さんがやっぱり不機嫌だから。

お互い視線は前に向けたまま、他愛ないやりとり。
平静を装って、こどもらしく無邪気に笑って。
いつも通りの私、いつも通りの笹塚さん。

でも、笹塚さんは知らないでしょう?

こうやって、他愛ない会話をしてるとき。
窓の外を眺めてみるとき。
カバンの中で震えた携帯を開けるとき。

どんなことをしていても、私の心は全部笹塚さんに向かってるってこと。
前を見て笑ってても、私の右側は常に笹塚さんの感情を拾いたくて、アンテナを伸ばしてるってこと。
携帯メールに返信してても、肌に触れるその空気の流れを全部感じようって、躍起になってること。

気づかないでほしい。
でも、気づいてほしい。

――いつだって私が、全力で笹塚さんのこと、好きだって。


「ありがとうございました」
「それ、こっちの台詞だから」
無事に家の前まで送ってもらったお礼を言うと、自嘲的な響きの返事があった。
「またなにかあったら、頼むかもしんねーけど…」
いい? とも、わるい? とも訊いてこない笹塚さんに、ただ肯定の意味をこめてひとことだけ返す。
「はい」
すると、笹塚さんは少しだけ瞳を見開いて、それから薄く笑った。
じゃあ、とギアに手を置いて、束の間躊躇ったような間。
「……その内、また菓子折りもって遊びに行くよ」
不意打ちの予告に、心臓がどかんと勝手に盛り上がった。
「っ、はい!」
びしっと背を伸ばして大きく返事をすると、今度こそ車は走り出す。
それが角を曲がるまで見送って、その場にしゃがみこんだ。
「……なんで勝手に盛り上がるかな、私の心臓」
右手で胸元を押さえれば、深夜聞こえてくる派手なクラクションみたいな勢いで、心臓がどくどく脈打ってた。
脈拍がはやい。
それに比例して、なんだかやけに熱くなってきた顔を、笹塚さんに見られなくて良かったと思う。


て、いうか。
「最後のあの笑顔は反則だよー…」
絶対無意識だし、私以外はきっと気づかないんだろうけど。
まだうるさい心臓を宥めながら立ち上がって、玄関の鍵を取り出した。
深呼吸して、鍵穴へ差し込み回すとかちりと小気味良い音。


そして、その音で顔を上げた私は、道路に飛び出して車の消えた方へ意識を向けるのだ。
まるで、なにかのスイッチが入ったみたいに。


***イイワケ
ええと、なんですかコレは。
ただ、ぼんやりと他愛のないやりとりが書きたかっただけですすいませ。

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