文【ささやこ3】

□いのちみじかし、あいされよおとめ
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 きゅう、と。
 心臓が掴まれたような気がした。
 目の奥がじんじんして、潤み始めた視界が彼の姿をぼやけさせて。
 頬に触れていた温かい指先が、顎をつたって、首筋を降りて。
 うなじをくすぐるみたいに、後頭部に添えられて。

 く、と、入った力はほんのちょっと。
 それなのに、まるで万有引力みたいに、引き寄せられることが当然のような動きで。

 近くで香ったのは、煙草の匂い。
 これで、火薬の匂いまでしたらそれはきっと硝煙だな、とか。
 妙にそんなことを考える余裕だけはあって。
 だから、吐息と共に囁かれた言葉を認識するまでに時間がかかった。

「…っふ、ん…っ、ん」
 ちゅ、と小さな音を立てて離れた唇は、私が質問の声を上げる前にまたくっついた。
 唇の隙間から忍び込んでくるのは、たぶん、舌で。
 上顎をざらりと舐め上げられて、背筋がぞくぞくした。
 物凄い至近距離で、濡れた音が響いて恥ずかしいやら恥ずかしくないやら。
 いや、恥ずかしいんだけどっ!
「ん、さ…さ、づか…さっ…!」
 舌を吸われて、舐めあうみたいに擦りつけられて、膝から力が抜けた。
「…っと」
 がくん、と折れた身体を片手で支えてくれながら、笹塚さんはいつもの表情でこちらを見下ろしている。
 その唇だけが、濡れて光っている。
「悪い、弥子ちゃん、大丈夫?」
 いやその、大丈夫とか聞かれても私呼吸停止寸前だったんですけど。
 のぼせそうなぐらい熱くて赤い頬とか見れば、大丈夫かどうかなんてわかると思うんですけど…。
「ご、めんな……さ、ちょっと……まっ…」
 全力疾走した後みたいに乱れる呼吸を必死で整えようとしながら、両手で彼の胸元に縋り付いた。
 さっき、笹塚さんに言われた言葉を反芻しようと思ったんだけど、それ以上になんかもう恥ずかしすぎて。
 何回か深呼吸をして、ようやく落ち着いた頃に見上げた視界は、まだ少し滲んでた。
「あの、笹塚さん…さっき…」
 口ごもる私の続きを待ってくれているのか、笹塚さんは少しだけ距離をあけて緩く首を傾げた。
 なに、とでも言うように。
 そんな彼を見てから、躊躇うこと数十秒。

「さっき、私のこと…好きって言いましたよね!」

 噛み付くような勢いで口を開いた私を見て、笹塚さんはぱちりと瞬きした。
 あれ、なんか不思議そうな顔してるんだけど…。
 いや、無表情は無表情なんだけど。
 もしかして間違った!? と、若干蒼褪めてたら、笹塚さんはいつもの声音であっさり「言ったけど」と答えてくれた。
「ほっ、本当ですかっ!?」
「…嘘吐いてどーすんの。第一、嘘だったらキスとかしないだろ、普通」
 本当なのはわかったんだけど、あんまりにも淡々と言われるから実感が沸きにくいんですっ!
 落ち着きかけてた心臓が、ばくばく盛大に音を鳴らし始めて、なんだか泣きそうになる。
 嬉しい。
 とろけるみたいに笑って見せたら、笹塚さんは一瞬だけ真顔になって、それから。
 今度は触れるだけのキスをくれた。



 ちなみに、その後笹塚さんから「俺割としつこいというか、執念深いから弥子ちゃん覚悟してね」と言われ「まさかー」と笑い飛ばした私だったんだけど。
 ――全然覚悟が足りてないと気づくのは、もうちょっと先の話になる。

いのちみじかし、
あいされよおとめ


お題:LUCY28

***イイワケ
じゃんじゃん愛されて弥子ちゃん。


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