文【ささやこ2】

□聖夜
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街を歩けば色とりどりのイルミネーション。
赤だったり緑だったりが多いのは、勿論今がクリスマスシーズンだから。
ツリーはモミの木だったり、プラスチックだったり、無駄に大きいLEDファイバーだったり。
「あ、あれ可愛い!ねえ叶絵…」
振り返ったら、叶絵はかなり興味無い様子で、でも一応どれよ、と訊いてくれる。
私は苦笑を浮かべて目星をつけたモノを指差した。
「どれどれ…って、あんたあんなの買う気?」
呆れたように肩をすくめた叶絵に大きく頷いて、商品を手にレジへと向かう私の背中に叶絵の大きな溜息がぶつかってきたけど、気付かないふりをした。
だって、笹塚さん絶対持ってないと思うし!!


冬の夜は訪れが早くて。
まだ5時なのに辺りはもう真っ暗。
「叶絵は集合何時だっけ?」
お茶しながら尋ねたら、叶絵はブラックコーヒーを飲み干して。
「集合?なんの」
眉をしかめて訊き返されて、ちょっとビビる。
「え、だって合コン…」
「…待ち合わせは6時半」
待ち合わせ?
「って、もしかして」
「もしかしてって何よ」
ムッとした様子で唇を尖らせる叶絵は、私の目から見ても可愛いと思う。
っていうか、ちょっと顔が赤い気がするのは気のせい?
「ううん、なんでもない!!あ、私も6時半待ち合わせだから、それまで付き合うよ」
慌てて首を振って愛想笑いを浮かべたら、ジロリと睨まれた。
「いいけど、別に」
ふいと外に視線を向ける横顔を眺めながら、私は勇気のある彼に心の中で拍手を贈った。


「どーしたの、弥子ちゃん。機嫌良いね」
笹塚さんに言われて、はっと顔を上げる。
笹塚さんの部屋。
テーブルの上に所狭しと並ぶのは、ケーキとかフライドチキンとか、デリバリーのピザとか。
それから、中央には叶絵に呆れられながら買った、20センチ程の小さなクリスマスツリー。
飲み物はっていうと、こんな日でも相変わらず焼酎な笹塚さん。
私はアルコール抜きのシャンメリー。
「そんな風に見えます?」
だとしたら当然、一番の理由は笹塚さんとふたりきりのクリスマスだから。
ふたつめは…。
「叶絵が、とうとう落ちたみたいなんです!!」
両手を握り締めてへらりと笑ったら、笹塚さんは納得したように、ああ、と呟いた。
「そーいや匪口もそわそわしてたな…」
「匪口さん"も"?」
他には誰がそわそわしてたんだろう?
ぱっと見、そわそわが分かるのは石垣さんとか笛吹さんとか?
まさか筑紫さんじゃないよね、なんて考えてたら。

「うん、俺と匪口はかなりそわそわしてた」

いつもの無表情で何気なく言うから、思考回路が追いつかない。
「…って、笹塚さん?!」
笹塚さんがそわそわ?!
呆然として口を開けっぱなしにしてたら、笹塚さんは不思議そうな表情で、ケーキの上の苺を摘んだ。
どうするのかと思ったら、そのまま私の口の中に運んでくれて。
反射的に口を閉じたら、笹塚さんの指先が舌に触れた。
「弥子ちゃん、指は食わなくていーから」
言いながら、引き抜いた指についてたクリームをぺろりと舐め取る仕草にドキリと心臓が跳ねた。
一瞬で顔が熱くなる。
っていうか、キスとかしてるのに、なんで今更こんなのが恥ずかしいんだろう。
焦って歯を立てた苺から、甘酸っぱい果汁が広がった。
「っと、ケーキは最後だった?」
ふと思い出したように尋ねられて、こっくりと頷けば、笹塚さんはケーキをテーブルの端に退けた。
私が赤面してるのなんてお構いナシ。
それがちょっと憎らしくて、でもわざわざ触れない事が嬉しい。
まあ、私が笹塚さんの前で照れたり赤面したりするのなんて、しょっちゅうある事だから、いつもの事で済まされてるのかも知れないけど。
「ちなみに、一応今もそわそわしてんだけど」
「…へ?」
きょとんとして見上げたら、笹塚さんは一瞬困ったように眉を下げると、小さく溜息を吐き出した。

え?
ええ?
えええ?!

たっ、確かに、笹塚さんもいつもより機嫌良さそうだな、って思ってはいたけど。
まさかこれがそわそわしてたなんて!!
掌と膝を使って、床をぺたぺた移動して、笹塚さんの隣でじっとその顔を見上げる。
「? なに、弥子ちゃん」
「いえ、ええと…笹塚さんも機嫌が良さそうだな、とは思ってましたけど…そわそわしてたんですか?」
「あー…まあ、弥子ちゃんと約束のある時は割といつもそわそわしてるけど」
言いながら、伸ばされた掌で頬を撫でられる。
くすぐったくて目を細めたら、不意打ちのようにキスされた。
「…っ、笹塚さ…ッ!!」
慌てて身を引いたら、笹塚さんは両手を挙げて降参のポーズで。
「ごめん、取り敢えずメシにしとこう。じゃないと、止まらないな…」
後半、かなり不穏な台詞を口に出して、けれど何事も無かったように皿に料理をぽんぽんと載せてゆく。
無言のままそれを手渡されて、私は元の場所に戻ると、グラスに飲み物を注いだ。
「焼酎とシャンメリーで乾杯って、なんだか面白いですね」
でも、それが笹塚さんと私っぽくて、なんだか凄く素敵。
乾杯!と叫んで、グラスを合わせると、笹塚さんは黙々とたこわさを。
私は黙々と料理を口に運んだ。


「はーっ!!お腹いっぱい!!」
叫んだら、笹塚さんが訝しげに私を見ていた。
「な、なんですか、その視線…」
「いや、本当に足りたのかと思って」
言いながら、お湯割りのグラスを傾けて、笹塚さんは小さく笑った。
「ちゃんと足りてます!!もー、一体私をなんだと思ってるんですか?」
頬を膨らませたけど、笹塚さんは喉の奥で笑っただけで答えてくれなかった。

その反応でなんか色々想像がつくんですけど。

むう、とちょっとむくれたまま、でも本日最大のイベントが残っている事を思い出してすぐに気を取り直す。
カバンの中からプレゼントを取り出して、両手で笹塚さんに差し出した。
「メリークリスマス!です、笹塚さん」
「…ありがと」
目許を緩ませながら、お礼を言われて、心臓が破裂しそうになった。
っていうか、笹塚さん、お酒入るとなんかこう、何かが垂れ流しのような…っ!!
目を見れなくって、視線を逸らして赤くなってたら、名前を呼ばれた。
「弥子ちゃん?」
顔を上げれば、一体何処から出てきたのか、笹塚さんの手にも小さな箱。
「色々悩んだんだけど…、基本に忠実になってみた」
基本に忠実?
「ありがとうございます!!」
箱を受け取って、リボンを解いて。
包装紙だって破かないように必死にテープを剥がして。
中から出てくるのは予想通りの箱。
恐る恐る開くと、中に入っていたのは、指輪だった。
ピンクゴールドのリング。
キラキラ輝く同じピンク色の石の両側に、花を象ったダイヤ。
「えと、笹塚さん、これって…」
「ダイヤは両側の小さいの。真ん中のはピンクアクアマリン…あんまり高くないけど」
「高価とかそうじゃないとか、そんなの関係ないです!!うわ、可愛い…嬉しいです…」
勿体無くて手に取れないでいる私を見ながら、笹塚さんは穏やかに口を開く。
「自分で嵌める?俺が嵌める?」
「……ッ」

返事は出来なくて、でもそっと箱を差し出したら、笹塚さんはそこからするりと指輪を取り出した。

「右手出して」
「え?右ですか?」
「…左にしてどーすんの。左手に嵌める指輪はまだもうちょっと先」
何気ない会話に流されるまま、右手を差し出したら、薬指にそれを嵌めてくれた。
掌をかざして、ピカピカ光る指輪を見つめると、思わず笑みが零れた。

嬉しい。
すっごく、嬉しい。

「…ん?っていうか、笹塚さん」
「なに?」
返事してくれながらも、笹塚さんは私があげたプレゼントの包みをこっそり開いてる。
堂々と開いてくれて良いんだけど。
「左手はもうちょっと先って…」
「あー…取り敢えず、卒業は待つ方向で」
卒業を待って?
待って、なに?
逸る心臓を意識しながら、でも必死で言葉を探した。
「あの、それって…」
「正式なのは18歳の誕生日まで待って。指輪も、プロポーズも」
俺も我慢するから、と続けられて、何を我慢するんですかとか、色々ぐるぐる頭の中を回ってたけど、もう口に出来なかった。
ぼんやり滲み出した視界に、笹塚さんが私からのプレゼントを左手に嵌めてるのが映る。
どう?と腕を持ち上げた笹塚さんが、困ったように笑った。
「なんで泣くの」
ふるふる首を振って、似合ってます、と、嗚咽を堪えて答えたら、長い指先が目許に触れた。
きゅ、と涙を拭われて。
恥ずかしくて、ちょっと笑った。
「ほんと、弥子ちゃん可愛いよな」
何度も言われて、分不相応と言いたくなるくらい聞き慣れた言葉をくれる。
「…笹塚さんの前だからです」
だから、意趣返しみたいにそんな言葉を返したら、笹塚さんは唇の端を微かに持ち上げて、俺の前だけにしといて、と。
ひっそりと、囁いてくれた。

そんなの約束なんかしなくたって、私が可愛くいられるのは笹塚さんの前でだけです。

なんて、心の中でそっと答えて――…でも、大きく頷いた。




「あれ、叶絵。右手に指輪」
クリスマスが終わって久々に叶絵に逢ったら、叶絵の右手の薬指にも指輪があった。
「あいつバカだからね」
「それって、暗に笹塚さんもバカだって言ってない?」
じとっと叶絵を見たら、叶絵はそこでようやく私の指輪にも気付いたようだった。
一瞬大きく瞳を見開いたかと思うと、耐え切れないというように吹き出した。
「ほんっと、考える事は同じなワケね」
ひとしきり笑った後、叶絵はふと真剣な表情になって、ねえ、と口を開いた。
「指輪をする指に意味があるの、知ってる?」
「…あるの?そんなの」
きょとんとして尋ね返したら、叶絵は呆れたように盛大に溜息を吐き出した。
ちょっと傷つくんだけど、それ。
「ヤコにそんなの求めたあたしが間違ってたか…」
フンと鼻で笑われて、言葉に詰まった。
何も言い返せないのが切ない。
「まぁ、色々あるんだけどね。誤解されやすいのがココよ」
言いながら右手を持ち上げるから、私も自分の手を見下ろす。

「左でも右でも、薬指に指輪してると、オトコ持ちだって勘違いするヤローが多いってワケ」

あんたはその通りだけど、と続けて叶絵は自分の指輪を眺めて。
「…牽制くらい、させてやるか」
と、小さく呟いた。
「素直じゃないよね、叶絵も匪口さんも」
いや、どちらかというと匪口さんは素直すぎる猛アタック?
「……ここ、ヤコの奢りね」
言うが早いか立ち上がってバッグを手にすると、叶絵はすたすたと店を出てゆく。
「えっ?!ちょ、叶絵ーッ?!」
叫んで立ち上がった私に周囲の視線が突き刺さって、思わず座り直してしまった。
はぁ、とひとつ溜息を吐き出して、ストローを噛む。

「ま、いっか。幸せなら」

ぽつんと洩らしたら、なんだか嬉しくなって。
携帯を取り出してメールを打ち始めた。




『笹塚さん、今度私も指輪プレゼントして良いですか?』


***イイワケ
ありきたりで申し訳ありません(絶望的)
よろしければお持ち帰り下さい☆
ちなみに、弥子ちゃんが笹塚さんにあげたのは腕時計。
クロノグラフですよー。(だから何)
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