文【ささやこ2】

□覚悟の裏側
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「泣いて、いました」
淡々と、けれどどこか痛ましそうな表情で、筑紫は告げた。
「そうだろうな」
しかし相手は顔色ひとつ変える事なく短く答える。
視線すら上がらない。
ただ黙々と仕事をこなす笹塚を見下ろしたまま、筑紫は重ねた。
「良いんですか、本当に」
まるで念を押すように問われ、ようやく彼は溜息を吐いた。

「俺は何もしてやれない。お前は俺にどーしろって言うんだ」
「…外は、大雨ですよ」
「ああ…風邪ひかなきゃいーけどな」
ちらと窓の外を見遣れば、見事な灰色だった。
「送って差し上げれば…」
と、彼の言葉はそこで途切れる。
見上げてくる視線が痛い。
無言でひたりと視線を据えられては二の句が告げなかった。
「筑紫」
「…はい」
珍しく躊躇ったような間を置いて、彼は答えた。
「送りたいなら、お前が送ってやれば良い」
静かな。
それでいて、返答を拒む響きに、筑紫は奥歯を噛み締めた。
彼女が望んでいるのは、自分などではないのに。

彼女と、自分の心まで見透かして、残酷な言葉を吐き出す相手にいっそ殺意さえ覚える。

「望まれればそれも良いでしょうが、少なくとも彼女は自分など見ていません」
自分は気付けば彼女を目で追っていたけれど。
彼を見ている彼女を、視界の隅にいつも捉えていた。
時には微笑ましく、時には痛々しく映った彼女は、それでもいつも彼に笑いかけていた。
そうして見ている自分が、彼女に寄せていた想いなど、彼は気付いていたはずなのに。

ふうん、とまるで気の無い返事をする相手の首を絞めてやろうかと、半ば本気で考えて。
けれど実行はしない。
力技で挑んだところで負けるのは目に見えている。

「…それでも、貴方がずっとそんな態度を取るのなら、自分にも覚悟があります」
息を潜めて押し殺したように告げた言葉に、相手はほんの僅かに驚いたような顔をして。
―口許を歪めた。

出来るものならやってみろ―…そんな表情だった。




「そうですか…ええ、解りました。ありがとうございました」
馬鹿丁寧な口調で電話を終えて、筑紫は顔を上げた。
電話の相手は裏の見えない探偵助手。
探偵本人の電話を鳴らしたはずなのに、何故彼が出るのかと問えば、彼女は現在入院中だと些か衝撃的な返事があった。

『無気力で独身な31歳の男性が何か先生に酷い事を仰った様子でして、ああいや、先生はそのような事は一切申しておりませんでした。僕の浅はかな妄想ですよ。まさか笹塚刑事がそんな無体な事をするはず無いなんてこと、僕だってよく存じてます』

やたら明るい朗々とした声を思い出して、頭が痛くなる。
笑顔の裏が読めない助手は、薄々感じていた得体の知れなさをここでも披露してくれていた。
ひとつ溜息を吐き出してから上司に相談すれば、かなり不機嫌そうな様子で、それでも『菓子折りを持って見舞いに行け』という命令が下された。
普段は頑固な人間だが、真っ直ぐすぎる程真っ直ぐな彼は、こんな時の対応を間違わない。
自分が抜けることで開く穴を気にした様子もなく、素っ気無く命令した後は自分の仕事に戻って行った。



言われた通りに菓子折り持参で訪ねた病院。
院内に足を踏み入れた途端に、消毒液の臭いがした。
決して好きにはなれない類の臭いだと思う。
好きになる必要も無いのかもしれないが。

訊いてあった病室を探し当て、小さくノックをしてみたが、返事は無かった。
音を立てないように扉を開け、病室へ入れば、薄いカーテンに仕切られた向こう側に、少女は横たわっていた。
左腕から伸びる細い管が痛々しい。
緩慢に落ちる、透明な液体が管を通って彼女の中へ溶けてゆく。
ふと視線を巡らせれば、空になった重箱が蓋全開で椅子の上に置かれていた。
いつも通り食欲があるなら大丈夫だろう。
ほっと安堵し、手にしていた菓子折りをテレビの上に乗せて、踵を翻す。
入ってきた時と同じように、音を立てずに廊下に出れば、数メートル先で立ち止まる男の姿が見えた。


「…貴方はどうするつもりなんですか」


答えは無いと思っていた。
けれど、意外にもすんなりと返事があった。
「どーしたいんだろうな、俺は」
それは勿論、質問に対する答えと呼ぶには間違いがあったけれど。
どこか困ったように口角を持ち上げた姿を見下ろして、筑紫は緩く首を振った。
「幸せなんて案外身近に転がっていて、それを手にするのも簡単な行動だったりするものですよ」
「それはお前にも言えるんじゃねーのか?」
淡々と返されては苦笑するしかない。
解っている癖に、そういう非道な訊き方をするのは止めて頂きたいものだ、と、彼は思った。

「そうかもしれません、簡単ですから。けれど、自分と貴方の間で決定的に違う事があります…解っているのなら、こんな所で自分と問答する前に行って下さい」
廊下の端に避け、彼のための道を用意する。
類は友を呼ぶのだろうか。
自分を含め、周りには不器用な人間しか居ない気がする。
だから、彼の背中を押すのは容易だった。
元より、ここまで来たのだから彼の胎は決まったのだろう。
それならば、本当は自分が背中を押す意味など無いに等しいのだけれど。
「もう、泣かせないで下さい」
擦れ違い様、低く落とした言葉に、彼は振り返りもせずに短く「努力する」とだけ残していった。


扉の閉まる音が背後から届く。
天を仰いで目を閉じ、筑紫は満足そうに微笑った。


***イイワケ
なんですかこれ。
ささやこにアップする意味が何処にあるんですか(遠い目)
まんま、覚悟の裏側です。
裏側って言うほど裏側じゃないけど、ちょっと筑紫さんからみたあの時の感じ(あの時?!)です。
ちなみに、笹塚さんの悶々は書いてるだけで馬鹿みたいに思えるので(私が)やめました(爽)

書いてる途中は全然笹弥子気分だったんですけど、書き上げてから『これは笹弥子に分類される物か?!』と悩みました。
悩んだけどやはり笹弥子へ(笑)

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