文【ささやこ2】

□世界の中心
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深夜零時。
日付が変わったのを確認して、彼は溜息を吐き出した。
「…笹塚さん?」
不意に耳に届いたやわらかな声に視線を上げれば、年下の可愛い恋人が部屋から出てきた処。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
短く答えて、ソファに倒れ込むように深々と腰を降ろす。
「大丈夫ですか…?」
心配というより不安そうに問われて、思わず口許が歪んだ。
そんな彼を見つめて、弥子はその正面に膝をつく。
「疲れてる時は、無理に帰って来てくれなくても良いんですよ…?」
「無理はしてないよ」
苦笑混じりの台詞に、彼女は穏やかに微笑った。
「嘘つき」
言いながら、彼の膝に掌を載せる。
「ねえ、笹塚さん。我慢ばっかりじゃ、ふたりで居ても楽しくないでしょ?」
じ、と。
下から見つめられて、笹塚は息を呑む。
「自分の為に世界が在るんだ、ってくらいじゃなきゃ、楽しくないんじゃないですか?」
曰く、自分の世界を回すのは自分なのだ。
世界は自分を中心に回っているのだ、と。
真摯に告げられて、笹塚は瞳を見開いた。
「弥子ちゃん…」
「片隅にでも私の事があれば、嬉しいですけど」
小さく笑って、彼の唇にキスを贈る。

「私の世界は私を中心に回ってますよ?」

僅かでも動けばまだ唇が触れ合いそうな距離で、弥子は囁いた。
だから、笹塚さんも笹塚さん中心に世界を回して下さい、なんて。
恐ろしく可愛い願い事に、笹塚は緊張を解いた。
途端に安堵の吐息が洩れる。
その瞬間、自分はこんな処でまで気を張っていたのかと、彼は自嘲した。

「ね、ここに帰って来る時は、そうやってリラックスしてて欲しいんです。私は我侭ですから」
鮮やかに笑う弥子に目を奪われる。
何かに衝き動かされるように身体が勝手に動くのを、他人事のように感じた。
「笹塚さん…?」
不意に抱き竦められて、弥子は小さく彼の名を呼ぶ。
「あのさ、弥子ちゃん…」
躊躇いがちな小さな囁きは、ごく近くで聴こえた。
「はい?」
返事すれば、やや間を置いて、彼の唇から甘やかな音が洩れる。
「キスしていい?」
「…なんで一々確認するんですか」
苦笑混じりに呟いて顔を上げれば、彼は大層困った様子で彼女を見下ろしていた。

「いくらでも、どうぞ」

まるで砂糖菓子で出来ているかのように、彼女はいつも自分に甘い。
そんな事を言えば自分の方こそ彼女に甘すぎると、彼女自身に突っ込まれそうだったので、心の中だけに留めて置く。
「取り敢えず、今度から無理しない程度に帰ってくるよ」
「そうして、ください」
キスの合間にそんな言葉を交わしながら笑い合って。
目が眩みそうな程の幸福を噛み締めながら、笹塚は弥子を抱き寄せた。
何も言わずに黙ってその背中に腕を回すと、弥子は安心したように頬を緩ませる。
規則的な彼の心音を聴いていると、吹き飛んでいたはずの睡魔がまた、そろりと忍び寄ってくる。
「眠かったら寝ていーよ。ベッドまで運んでやるから」
「…ん…でも、もうちょっと…こうしてたいんです…」
途切れ途切れで、けれど必死に続ける弥子の柔らかな髪を梳き、こめかみに唇を寄せて、笹塚は音にならない言葉を囁いた。


―俺の…世界は、君を中心に回ってるんだけど…まぁそんな事、知らなくていーよ。


段々身体から力が抜けて、自分に凭れかかってくる弥子の愛しい重みを受け止めながら、笹塚は密やかに微笑った。


***イイワケ
大変遅くなりまして申し訳ございません!!
17000ご報告ありがとうございましたひろさまへv
甘くない気がします…が…あの、宜しければお納め下さい。

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