短編集
□jackleg kingdom
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最初は恐くて話し掛けることも出来なかった。
ガスマスクに付属されている黄色いゴーグル越しのギラリと鋭い目付き。
心の中まで見透かされるよう。
しかし、そんな目付きとは対照的に、黒いTシャツに描かれた"極"の字には笑いが込み上げたのを、今でも覚えている。
Jackleg kingdom
「……………」
「……………」
初めて会ったとき、挨拶をしようとして目を合わせたが、余りにも目付きが恐くて殺されてしまいそうで、すぐに目を逸してしまった。
一言でも喋った方が負け、とでもいえるくらいに静かな空間。
今まで自分の周りに纏わせるようにしていた沈黙がここまで恐いものだったのか。
「………っ、」
言葉を紡いでみようと試みたが、この緊張感の中では無に終わる。
「…………お前」
「、……?」
何日ぶりに人の声を聞いただろうか。
実際にこの空間でそこまで時間が経っていたわけではないが。
しかし、急に聞こえた声は思ったよりも幼いものだった。
「…な、に?」
彼にしか聞こえない声量で呟いた私の声は静かに震えている。
震える理由はなんだろう。
私が彼を怖がっているから?
私が静かなこの空間に怯えているから?
私が久し振りに声を出したから?
私が自ら作り出した疑問の解答を探している間にも、彼は言葉を紡ぐ。
「お前、かごめ…だろ」
「…、ええ」
唇もプルプルと震える。
多分彼には聞こえてないだろうが、歯さえも音を発てる。
「MZDが、お前はいい奴だから、と言ってた」
ああ神が私を救ったのですか。
やはり神は分かっていた。
私の力では、彼の言葉を聞くことが出来ないのだと。
悲しい、けれどそれが運命というものだから。
「やっぱ、お前いい奴だ」
ようやくの決心で、彼と目を合わそうとした。
けれどそれは、
「好きだ」
いきなりの抱擁によって書き消された。
多分、言葉遣いからも分かるが、不器用な彼からの精一杯の行動なのだろう。
温かい。
優しい。
背に回された腕は筋肉質なためか、小さな痛みを作った。
私の方にはマスク越しに息の音が聞こえる。
そしてその息と混ざりながらも響く声。
「初めて見た時、胸が痛くなった」
耳元で聞こえる告白に、頬を赤らめながらも耳を傾ける。
「セシルに聞いたら、それはお前が好きなんだって言った」
セシルなど聞いたことの無い名前だが、彼の友人なんだと考えることにしよう。
私を抱き締める力がだんだんと強くなってきた。
でもこれは彼からの愛情なのだろう。
「だから」
一つ、背中の温もりがなくなった気配。
それ――彼の右手は私の耳元にある彼のマスクへと伸び、
ガチャンっ
掴んだものを床へと投げ捨ててしまう。
しかしよく考えてみよう。
つまり、私の耳元には彼の本当の声が響くということだ。
顔に身体中の血液が集まるのが分かる。
スゥと息を吸う音までも耳に届くことで、恥ずかしさは私の中のメーターを突破り、私は目を潰ることになった。
「お前にあえてよかった」
背中から発されている痛みは愛のうた。
そうね、今までの私は未熟だった。
きっと、貴方が私を救ったのよね。
だから、これからの私達は王国。
jackleg kingdom
(未熟な王国)
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