短編集

□苦しい狂しい、
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「……………」
「……………」

沈黙が続く。
何を話せばいいのかなんて、今の自分には思い付かない。
何でなんだ。
ガシガシと頭を掻いても、何も出てこなかった。

しかし、その中で沈黙を破ったのは、ハジメだった。

「…あの…、修さん…」

修さん?笑えねぇよ。
ため息と共に歯を噛み締めるが、違和感は消えない。
今までの俺が思っていた記憶喪失は、ここまで憎いものだっただろうか。

「…なんだ」
「わざわざ…来てくれて……ありがとうございます…」
「……おう」

俺も、ハジメも目を合わそうとなんてしなかった。
俺もハジメじゃない"ハジメ"を認めたくなかったし、ハジメも無駄に無愛想な俺が嫌なのだろう。

急に、俺の中の欲望が心に牙を剥いた。
今こそ、ハジメを俺のものにするんだ、と。

「…ハジメ、」
「……はい」

その声から、まだ俺に怯えているということがよく分かる。

「いいこと、教えてやろうか」
「…いい、こと?」

やはり恐がりながらだが、首をかしげる姿は、記憶を無くす前の彼と酷似していた。

「ああ」

病室の壁に写る俺の姿は、ニヤリと笑った。


「…俺とお前は、恋人だったんだ」
「そんなっ!」

即返された反応に、イラつく。
なんだよそれは、と心の中で呟くが、それはまた俺の欲望を掻き立てるだけだった。

床を踏み締める様にハジメの元に行けば、相当恐怖を与えてしまったのか、目をキツく瞑っていた。
そんな姿も、愛しい。
無理矢理彼の顎を上に向けさせ、深いキスをした。









あれから2ヶ月が経つ。
アイツの記憶は未だに戻らない。
けれどその分、アイツと俺との間で育まれる愛は深いものへとなっていた。

記憶が戻ったら、このことを覚えているままでいるだろうか。
もし忘れてしまうなら、俺らの関係は元通り、ただの教員仲間になってしまうだろう。
俺は、遥か宇宙へ続く大空へ、ハジメの記憶がもう戻らぬようにと、祈った。


苦しい、狂しい気持ちは未だ欲望の溢れる心の中に生きている。




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