好きだ、好きだ、好きだ、好きだ。
僕、飯嶋律は、そんな事を考えながら帰路についた。でもあと少し、ほんの300メートルでこんな考えは捨てないといけない。だって青嵐は僕の『お父さん』なんだから。
季節は夏。庭には母と祖母が自慢にしている桜の枝には青々とした葉が生い茂っていた。僕の鬱々とした気分とは対照的なそれに、しばらく恨みのこもった視線を送ってみる。カラスがそのうちの一枝に止まり、呑気そうに喚いている。馬鹿にされている気がして、いい加減家に入る事を思い出す。
「…僕は居なくなる、家に帰るから。お前はひとりそこで鳴いていればいい。」
虚しいと感じた事は否定しない。そして、僕だって、空回りばかりの式神が2匹と、僕の事を何とも思っちゃいない式神が一匹居るだけだ。


家に入ると、外よりずっと涼しく感じた。二階に上がろうと、階段の一段落目に足をかけた瞬間だった。
ひやりとした手が僕の肩を掴んだ。ワイシャツ越しにも伝わる感触と、その温度を僕はもう、覚えてしまった。いや、忘れられないのだ。それに気付いたのはいつだったか―、もう覚えていない。
「おい、律。」
「何、オトウサン?」
振り返らずに答えた僕への返答なのだろうか。全身の神経が僅か手のひらひとつ分の面積に集中してしまうという呪縛をあっさりと解いていった。同時に離れていく足音が聞こえた。

振り返る。離れて行った、青嵐が、僕から。声に震えが出ないように、慎重に声を掛ける。
「なんなんだ、青嵐…。」
青嵐が、面倒臭そうに振り返る。
「返事位しろ。お前の母親に、今日は飯を多めにしてくれと伝えろ。」
「ああ、分かった…。」
きりりと、胸が痛んだ。僕は食事係らしい。
「そう言えば、さっきお前は鳥と何の話をしていたんだ?」
思わず顔が熱くなる。
「んな、何だって良いだろ!!!ばか!」
勢いよく階段を駆け上がった。

「ばか?」
青嵐が、ぽかんとこちらを見上げていた気がした。





ぐるるきゅるきゅぅ〜。
人の気配が薄くなり、人ではない者が、活発になり始める時刻。青嵐は、己の腹が盛大に鳴るのを聴き、むくりと起き上がった、冷たくなった体は置いて。
「…食い物。」
ああ、そうだ、あいつの周りには、うようよ雑鬼が居るだろう。
のそりのそりと、暗い廊下を進む。
「おぉ、若!!見事な呑みっぷりで、御座いますな!」
「もっと持って来てくれ…。今日は、とことん呑むんだ。」
「ささ、もう一杯。今、代わりをお持ち致しますぞ!」

「何をしている、お前ら。」

律の部屋では、律と尾黒、尾白の3人での酒盛りが繰り広げていた。青嵐が目を見張ったのは律にだった。何時もは、司のお目付役ばかりで羽目を外さない律の目が虚ろになりつつある。
「ふん、お前こそ、何してるんだよ。体はどこに置いてきた。」
振り向いた律が此方をまっすぐ見る。その黒い瞳から思わず目を反らす。
「お前が心配しなくてもすぐ戻る。」





青嵐は、そういった側から、どっかりと床に座った。
こっちを見ている、じっと。
心臓が爆発すんぜんだ。
いきなり青嵐の手が伸びてきた。
とっさに目を瞑る。


何もない。


目を開いてみる。
青嵐が、目の前で旨そうに食事をしていた。





なかなかの味だった。袖で口を拭う。他にも居ないかとあちこちを見渡す、が。
次の瞬間律がいきなりぶつかって来た。いや、私が押し倒されたと言うべきか。
両肩に手を置き痛いほどに力を込めている。
「なんだ、律。」
問うてみる。
1秒足らずの口付けが返ってきた。
「僕は、お前が、好きだ。」
絞り出すような告白が聞こえた。
「お前の息子でも、おじいちゃんとの契約の副産物でも嫌だ。食事係なんて問題外だ。」
幾つかの暖かいものが顔に落ちてきた。
「だから、」
昔は私の髭程の大きさしかなかった。でかくなったものだ。それと、こそばゆいような、そして、時に心臓が壊れるほど鳴り響く、この感情は何と言ったのだろうか。ずいぶんと前から私を悩ませている。

「なんだ。」
でかくなっても、まだまだ弱いようだ。簡単に起きあがることが出来た。
「うわっ。」
律が、ひっくり返りそうになる。腕を回たのでなんとかまだ私の目の前にいる。瞳がキラキラ光って、私だけを映していた。
「我慢なんてしなくとも良いいのだな。」
感情の名前は知らなかったが、解決法は何となく知っていた。
律の頬に手を這わせる。さらさらとした髪を指に絡ませてみる。口角を上げて見つめ返してみる。律の頬が一気に熱くなった。
先程、律がしてきたものより大分長いものを送った。

唇を、離す。奇妙な顔をした律がいた。





初めは信じられないような、夢のような心地で、嬉しかった。そして、だんだん刺激的な味がして来た。こういうものかと納得しようとしたが、次に、強烈な苦味と、生臭さにおそわれた。
そして青嵐の唇が離れていった。

酒のせいでいくらか重くなった頭を動かす。そうだ、青嵐は、やつは何かをしに僕の部屋に来た。

「しょく、じ?」
否定ではなく、別の返事が返ってきた。

「おお、若と青嵐殿は仲がよろしいのですな。」
「やや、式と主が仲睦まじいのは大変結構。」
思わず、体を震わせる。こいつらもいた。拳を固く固く握った。それをそのまま、青嵐の左顔面に叩き込んだ。








後書き
奴らの初ちうはこんなんであってほしい。律が青嵐を押し倒す所が書きたかっただけ。3割書いて放置してたののひとつ。書き始めと書き終わりでは季節が逆。

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