1st終了〜2nd前
□ナイフ(2009/05/16完結)
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グリニッジ標準時 AM 00:23
私物の少ない簡素な部屋を、黄色いライトが仄かに灯す。
固く握った左手の端、鈍く輝く銀の板。
刃に添えた人差し指を、すっと素早く滑らせる。流れる動作でひらりと返せば指先に走る赤の糸。
微かな明かりが照らす中、紅い粒子がふわりと揺れる。
やがて傷から熱が伝わり、体全体がじぃんと痺れ、それは優しく暖かく、泣きたくなるほど…切なくなる。
何も聞こえない―
鼓膜が痺れてノイズが響き、雨音の様な静寂が生まれ、骨を伝わる鼓動の音が、規則正しく緩やかに、波音のように頭に届く。
心地よく響くそれらの音が、全ての思考を遮断して、小さな傷の囁きだけが、柔らかく彼を包み込む。
抗い難い陶酔感が彼に安堵をもたらして、うつらうつらと幾度か瞬き、やがて瞳は閉じられた。
次第に薄れる意識の中で、何かの刺激に軽く叩かれ、体が寝台に沈んだのだと、他人事のように遠くに思う。
無意識のうちにシーツを手繰り、甘えるように体を縮め、眠りの波に意識を手渡し、夜毎の儀式は終わりを告げた。