1st終了〜2nd前

□嫉妬
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「…ルト、フェルト」
「あ、御免なさい。ぼんやりしちゃって」
ティエリア・アーデに声を掛けられ、私は現在(いま)に引き戻された。

「どうしたですか? グレイスさん」
ミレイナ・ヴァスティが首を傾げる。
「ううん、何でもない」
私は笑って、彼女の問いをかわす。

「体調が悪いなら、休んでも構わないが」
「何でもない。ちょっと、昔を思い出しちゃっただけ」
ティエリアの言葉を遮り、心配無いと伝えた。

見降ろす紅い瞳。視線が交わり、少しくすぐったい気分になる。
『心配』してくれているのだろうか?

「え、ちょっと聞いてみたいです」
興味を示したのか、楽しげな(いつもだが)声のミレイナ。
「ミレイナ」
窘める様な、ティエリアの声。
「また、今度ね」
今は仕事中だ。それに何となく、話す事がためらわれた。
「はぁい」
素直な返事に、安堵する。

彼が覚えた『心配』という感情。
昔を知っている誰かだったら、大いに驚いただろう。
それが私に向けられた事が、少し嬉しい。

ミレイナには悪いけれど、話さなくて済んだ事に、安堵している。

思い出には、まだ早すぎるかもしれない。
未だ鮮やかな色彩を見せるこの記憶は、それでも私の中で、掛け替えのない、大切な宝物だった。

外に出す事が、躊躇われるほどに。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ティエリア!いるか!?』
オペレーションルームに、イアン・ヴァスティの声が響く。

「一体何ですか? そんなに」
『ケルディムの設計が完成した!』
慌てて、という前に、興奮した整備士に畳み掛けられたようだ。

『これで4機だ!! 明日から他と並行して造るからな!』
楽しげに跳ねる整備士の声。よほど嬉しいのだろう。
「そうですか…完成の時期は?」
対照的にティエリアは冷静。何の感慨もなさそうに見える。

だが、強く見返す紅い瞳と、言葉に含まれた一瞬の間。
それだけで十分だ。

何を…いや、誰を思い浮かべたか…決まっている。あの人の事だ。
ティエリアを守った、あの人‐ロックオン・ストラトス

2人の会話を聞きながら、少女は密かに、眉を寄せる。
喪失の悲しみと懐かしさと…それらを覆い尽くそうとする、別の感情に。


「ケルディム…デュナメスの、後継機」
通信終了後、しばらく見つめていた画面から、彼は一瞬だけ、声の主に視線を移した。

フェルト・グレイス。
昨年の最終戦を生き抜いた、CB−ソレスタル・ビーイング−の戦況オペレーター。
未だ幼さの残る、2つに結われた髪。

「誰が乗るの?」
彼女は問い続ける。
「…わからない」
そんな事は、彼女にもわかっている。
いたずらに彼を悩ませるだけだ。そう、わかっているが…

「ロックオンは、強かったね」
ケルディムの前型、デュナメスのパイロットの名。
「そうだな、強かった」
だが、ロックオンがケルディムに乗る事は…決してあり得ない。

オペレーションルームを、沈黙が支配する。



自室に戻った彼女は、数時間前の事を思い出す。

義務的な報告と、機械音。
互いに画面から目を離さず、視線を合わせる事もなかった。
わざわざ聞かなくても、わかっていた事。
だけど、話さずにはいられなかった。

ロックオン・ストラトスはもう居ない。
行方不明の残り2人とは違い、間違いなく、もうこの世にはいない。

ティエリア・アーデ
CBに残った、唯一人のマイスター。

ティエリアを庇い、ロックオンは右目を負傷。
再生中は敵襲に対処できないという事と、何よりもティエリアの為に、彼は右目の再生治療を拒んだ。

そして、戦闘が始まり、あの人は―

ロックオンを死なせたのは、彼じゃない。
彼はロックオンを守ろうとした。
彼女にもそんな事はわかっている。わかっているのに…何故

あれから1年
そんな日々が、続いていた。
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