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□贖罪
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「よう、教官殿」
「一人か…」
レストルームの扉が開かれ、現れたティエリア・アーデに、彼は片手を挙げて軽い口調で挨拶をした。

だが真剣に口にされた、改めて確認せずとも自明な問いに、彼は訝しげに片眉を上げる。

彼‐ライル・ディランディこと、2代目ロックオン・ストラトス
1代目である、双子の兄ニールとは、まるで生き映しだと、皆は言うが。

「何か用かい?教官殿」
急に重くなった空気に耐えきれず、おどけた声を出すライル。
だが、ティエリアは何も言わず、じっと彼を見つめている。

何か言いたいのだろうが、決心をつけかねている。
そんなティエリアの様子に、ライルも黙り込み、彼を見返した。


紅い瞳がライルから逸らされ、十数秒の間、床を見つめていた。
瞳を閉じたのは一瞬。逡巡を振り払うように。

「貴方に、話しておきたい…いや、話さなければならない事が」

ティエリアが息をのむ音が聞こえ、顔を上げた彼は真っ直ぐに、ライルを見つめている。

それが、開始の合図だった。
「…ロックオンの、ニール・ディランディの死は、僕に責任がある」



「成程ね」
「…彼は、僕を庇ったせいで、負傷して…そのまま戦場へ…」
次第に増えた瞬きの回数。
ティエリアの視線は、いつの間にか、再度下に向けられている。

決めた筈の覚悟。
だがそれでも、話しているうちに、記憶をトレースする内に、
ティエリアの内にある負い目が、罪の意識が、そして…

ロックオン・ストラトスを失った、4年前の悲しみが、心を失ったかのような喪失感が、
赤く、あるいは深く黒く、色鮮やかなリアリティを持って、彩られる。


周囲から見れば、ティエリアに責が及ぶのかは、微妙な線だった。
ニールが出てこなければ、家族の仇打ちに走らなければ、
戦術予報士スメラギ・李・ノリエガは、撤退を指示していた筈なのだから。

だがそんな事は、ティエリアには関係ない。
ただ、ニールを死なせてしまった。守れなかった。

それはティエリアの中で、決して覆される事のない、事実だった。

そう、ニールは、ティエリアを庇い、狙撃手の命である、右目を負傷した。
次の戦いで、そのまま彼は戦場に出て、そして…還ってこなかった。

以前、ニールの命を実際に奪った敵−アリー・アル・サーシェスについて聞かれた時は、負傷の原因については、省いて説明した。

彼、ライルが激高し、あの場で諍いを起こす可能性を考慮して。
それは彼の孤立につながると、あの時はそう考えた。

だが、それは言い訳か、どちらにしても、本心ではなかったかもしれない。


ニール・ディランディが死んでから4年、ティエリアは生きた。

ニールの死の責任が、自分にはある。

だから彼の遺志−世界の変革、それが達成されたかを見届ける。
生き残った自分には、その義務がある。

それだけ、というわけではないが、ニールの死からずっと、
ティエリアが生きる理由、CBの再建に務めた理由の殆どを、その想いは占めていた。

味のしない食事をとり、眠れなければ薬に頼ってでも眠る。
そうやって彼は、4年間を生き抜いた。

ようやく、ロックオン‐ニールが居ないことにも、
蓋をして考えないようにして、ただ眠ることにも慣れて、
後はただひたすら、CBを再建し、行方不明の仲間を探した。

だが、実際にライルが、ニールと全く同じ姿の彼が現れ、再び蘇った負の感情。

話せなかった理由
思い出したくなかったか、あるいは、
恐れていたのか…


「で、アンタはどうしたいワケ? 教官殿?」
無感動な声で、ライルはティエリアに問う。
ティエリアを責める気配など、微塵も見せなかった。

「アンタを責めて、兄さんが還ってくるか?なんて陳腐な事は言わないさ。
だが、アンタは何を望んでる?贖罪か?」
「僕は…」
「甘いな。俺は別に、アンタを責めたりはしない。それはそれで、兄さんの選択だ」

どこか諦観したかのような、ライルの声。
だがその中に含まれた、僅かな悲哀の色に、ティエリアは視線を上げられずにいた。

安堵と、それに相反する『何故』という疑問、そして、その疑問に対する答えが、ティエリアの思考を支配していた。

答えは、最初からわかっていた。
ライルはきっと、ティエリアを責め立てたりはしないだろう、と。

ライルは、両親や妹、そしてニールが仇打ちに走った事についても、
『兄さんらしい。俺はそんなに思いつめる事は出来ない』と、
どこか達観したような、諦めたような雰囲気で…ニールとは大きく違っていた。

だから、わかっていた。
だけど、どこかで逆の事を、期待していた。

罪を、償いたかったから…
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