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□ドレス
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優雅なワルツが舞い踊り、ヒールの音は軽やかに、
紅いドレスはふわりと廻り、藤色の髪が追いかける。

武装組織に相応しくない、異常に華麗な異空間。
パーティ潜入の為、完璧に化けた『彼』ティエリア・アーデ。
どれ位完璧かと言うと…

様子を見に来たアレルヤ・ハプティズムが入口付近に立ち止り
「うわぁ」
と開けた口をそのまま固定させていたり、
お堅い(リヒテンダール談)砲撃士ラッセ・アイオンが先程までアレルヤ同様絶句していたり、
やはり色恋に無関心そうな(少なくとも4年前は)刹那・F・セイエイが
「誰だ?」
と、素でティエリアとわからなかったり、

後は…そう、ミレイナ・ヴァスティが
「アーデさん綺麗ですぅ!!」
と大きな目を潤ませていたり、その父親イアンが通信映像越しに
「しばらくその格好でいたらどうだ?」
と鼻の下を少々(イアンの名誉のため)伸ばしかけたところを
「セクハラです!! パパ!!」
と娘に窘められたり…

などといった具合で、立案者の戦術予報士スメラギ・李・ノリエガはとてもとてもご満悦だった。

そして、その手をとるのは2代目ロックオン・ストラトスこと、故ニールの弟ライル・ディランディ。
まだ足元はおぼつかないがそれはそれ、
デビュタント前の令嬢のようで、美しくも微笑ましい光景…の筈だが

「おい!!いい加減気をつけろよ!!」
踏まれてライルは顔を顰め、ティエリアに至っては端から不機嫌(いつもの事だが輪をかけて)。

「回数では大差ないでしょう。貴方の方こそ気をつけていただきたい」
“一応”嗜んでいる程度のライルと、ダンス経験皆無なティエリア。
こうなる事は目に見えていて、その回数はほぼイーブン…だが

「ヒールで踏まれる身にもなってみろってんだ!!」
どちらのダメージが上なのか…比べるまでもないだろう。
さすがセラヴィーのマイスター。GNバズーカは伊達じゃない。


それにしても…
敵の懐中に潜り込むのに、この賑やかさは何なのか。
目の前の楽しい(?)光景は、何の皮肉かとフェルトは思う。

『本当の敵を、この目で見たい』
ティエリアのその一言が、この騒動の原因らしい。

独立治安維持部隊『アロウズ』−CBの、現在の敵。
そのアロウズの高官達が、このパーティで姿を見せる。

だが、フェルトは半ば確信していた。
『本当の敵』は彼等じゃない、と。

ただ利権のみを追い、組織に群がる寄生虫のような人々…
あのティエリアがここまでして、直に見たがる敵だとは、フェルトには到底思えなかった。

それに…


「セクハラした罰ですよ」
ミレイナの声に、フェルトは思考を中断した。

そう、見事に化けたティエリアを見て、ライルは
「へぇ、よく出来てるな〜」
と、その見事な胸を思いっきり掴んだのだ。

偽物とはいえ、医療用の精巧なパーツ。
完全に再現された触覚に、思わずティエリアはぎゅっと目を閉じ、ミレイナが
「セクハラです!!ストラトスさん!!」
と叫ぶ頃には、ティエリアの鉄拳がライルを見事に張り飛ばし、
「全く…万死に値する!!」と、少々涙目で久方ぶりの台詞を吐いた。

そしてスメラギが実に楽しそうに、その光景を眺めていた。

そういえば、この医療用パーツを選んだのは…彼女だ。
見た目だけは本物のパーツも、カタログ内には存在していた。それなのに…

で、ついでにその後刹那が
「触ってもいいか?」
と、ライル同様純粋な(多分)知的好奇心を露わにし、
「いい訳があるか!!」
と、ティエリアに断固拒否され、こちらはこちらで久方振りに(多分)、説教という名の八当たりをくらっていた。


「おいおい教官殿、まさかわざとじゃないだろうな?」
ミレイナの発言を受け、疑いの眼差しを向けるライルに、
「いいえ、そんな事はありません」
と、不機嫌顔からティエリアは一転、花も綻ぶ笑顔を見せる。

多分…いや、絶対に嘘だ。
その微笑みはドレスを超えて、とてもとても麗しく、とてもとても怖かった…

「ったく、ミス・スメラギも何考えてんだか」
一応反省しているのか(もしくはティリアが怖かったのか)、引き攣った顔を誤魔化すように、ライルは明後日の方を見る。
「マイスターは男だと知られている。偵察には有効な手段だと思われるが」
可憐な微笑みから再度一転、いつも通りの真顔に戻り、律義に(厭味に)ティエリアは回答する。

「んなことはわかってる!!」
「なら、さっさと練習を再開してください。あまり時間はありません」
あくまでも冷静なティエリアに対し、諦めたのか舌打ちして、ライルはステップを再開した。


こんな風に、ティエリアの内面は大きく変わった。
色々と芸が増えたというか何というか…

パーティまではあと数日。
きっと注目の的だろう。人間離れした美貌の『彼女』は…

そう、相変わらず、ティエリアは綺麗。
それこそ本当の『人形』のように、全く変わらず、綺麗なままだ。

5年以上前から、ずっと…

かつての彼の特性‐量子演算型コンピュータ『ヴェーダ』への『直接リンク』
そんな事が可能だろうか…人間に

もし…もしも本当に彼が、『造り出された』存在だとしたら…

そして過去、ヴェーダにハッキングした何物かの存在。

『本当の敵』は彼と同じ、ヴェーダに直接リンクできる『人ではない』存在?

馬鹿な事を…と、フェルトは思う。
可能性に可能性を重ねた、低確率な可能性。

だけど…もし本当にそうだとしたら、自身と同じ存在と、ティエリアは戦う事になる…


気慣れぬドレスを身に纏い、ティエリア・アーデはくるりと廻る。
ふと下向いたほんの一時、彼の表情に影がさす。

2つの紅が一瞬揺らぎ、さながら冷たい血の泉。

同じ紅(くれない)を見た事がある。
アレルヤ捜索を終了し、艦に戻った、あの時に…

色を失った白皙の美貌。

とても…怖かった
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