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□双子
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―違う。あの男は、『彼』ではない。
―違う。あの人は、『彼』じゃ、ない。

だけど、本当に、何もかもが同じ(おんなじ)で、
まるで彼が、本当に蘇ったかのようで―

そしてもう一つ、共通点が増えた。

同じコードネーム。
『ロックオン・ストラトス』


どこをどう進んだのかは、よく覚えていない。
ただ夢中で、気がついたら、この扉の前にいた。

壁一面に広がる宇宙(そら)と、
片手を窓についた、ティエリア・アーデの姿。

ここ最近、もう少し正確には4年ほど前から、
この部屋で、彼の姿を見る事が増えた。

「…フェルトか」
ガラスに映る、華やかな色の髪。
彼女はいつも通り、振り返らない彼の横に並び、
いつも通り、宇宙(そら)を眺めた。


「やっぱり、違う人なんだね」
何の事か、聞くまでもなかった。

「当たり前だ。あの男は、彼ではない」
言いながら、きつく握りしめられた、ティエリアの手。
視線だけを横に向け、フェルトはそれを確認した。

自身にも言い聞かせているのだろう、
一つ一つ、かみしめる様な、固い声。

双子とはいえ、別の人間だ、と。

『アンタがそれでも良ければ、付き合うけど?』
新しくここ、CB(ソレスタル・ビーイング)にやってきた彼は、
死んでしまった『彼』と、つい重ねてしまう彼女に、「自分は兄ではない」と言った。

わかってる、と返し、そう、自分にも言い聞かせた。
だが、何を思ったか、顔を見ようとしない彼女を引きよせ、
硬直する彼女に、彼は唇を重ねてきた。

あまりの事に動転し、彼から逃げるように、その場から飛びだしてきてしまった。
平手打ちという形で、意趣返しは済ませてきたが。

軽い物言いと、軽い態度。そして、
「あの人、煙草の匂いがした」
「そうか。僕は気づかなかったな」

『彼』と、あの人との『違い』
きっとこれからも、そんな違いに気付くのだろう。
2人が別個の人間として、明確に認識できるまで、ずっと。

「何で、同じ名前にしたのかな」
「わからない。だが、むしろ良かったのかもしれない」

宇宙(そら)に向けられた視線。
2人でロックオンの事を話す時は、いつもそうして、向き合わずにいた。

「どうして?」
まだ、あの人を、その名前で呼んだ事はないし、呼びたくない。

だけど、あの人が誰かに、『ロックオン』と、『彼』と同じ名で呼ばれるたび、
『彼』がここにいる様な、そんな錯覚に襲われてしまう。

そのたびに、あの人は違うと、自分に言い聞かせている。
同じ思いを抱えている筈の、ティエリア。
なのに、どうして?

横にいるはずの彼が、とても遠く感じられた。

「彼をロックオンと、そう呼んでしまわない自信が無い」
「そう、そうだね」

そういうこと、か。
ガラスに映る自分が、自嘲気味に、口元だけで薄く笑う。

安堵している、自分がいる。

ティエリアだけが、同じ名前を受け入れたのかと、
自分を置いて、強くなって、先に行ってしまったのかと、
少し、寂しかった。

そして、それは違うとわかって、安堵している。
相変わらず、自分は勝手だ。

あの頃と、ロックオンに勝手に期待していた頃と、全く変わっていない。

「だけど、やっぱり嫌だな」
自身への軽蔑を誤魔化すように、否定の言葉を口にする。

「彼をロックオンと、重ねて見てしまうからか?」
「それもあるけど、そうじゃなくて、
いつかみんな、あの人をロックオンだって認識して、
私達の知ってるロックオンは、あの人に上書きされて、どこかに行ってしまうんじゃないか…って」

「そんな筈は無い」
久しぶりに目にした、眉間にキツク寄せられた皺。
静かな、それでいて強い否定。

きっと、同じ不安を抱えている。だから、強く否定する。
否定してくれる。

「うん。わかってる」
今CBにいる人たちが、ロックオンの事を、忘れる筈はない。
自分の不安感は、杞憂でしかない。

「わかってる」
馬鹿みたいだ。

あり得ない事に怯えて、立ち止まって、
否定してもらえないと、先に進めない。

甘えている。
いつから、自分は彼に、ティエリアに、こんなにも依存するように、なったんだろう。
同じ人を失った、それだけなのに。

「フェルト、君はどうなんだ」
「どう、って」

強い口調に、思わず横を向いて、彼を見上げた。
視線が、ぶつかり合う。

「君は彼を、ロックオンの事を、忘れてしまうとでも?」
予定調和。
答えの判っている、無駄な問いかけ。

本当、変わったんだ。
場違いな感慨に、胸が熱くなる。

ティエリア・アーデは変わった、と改めて確認した。

昔の彼なら、こんな事は聞かなかった。
わかっている事を聞くなど、無意味としか思えなかっただろう。

「忘れないよ。絶対」
だけど、意味は、ある。
無駄ではあるけど、無意味ではない。

「ならば、それでいい」
「うん」

時間はかかるかもしれない。
だけどいつかは、受け入れる事が出来るだろう。
もう一人の、『ロックオン・ストラトス』を。

それでも、自分たちの知る『彼』
ロックオン・ストラトスは、唯一人の存在。

それで、いい。

「相変わらず器用だ」
少し表情を緩めた彼が、ポケットから何かを取り出した。

「泣くか笑うか、どちらかにしたらどうだ」

差し出されたハンカチを受け取り、泣いている事を、自覚した。
これだから、目を合わせないようにしていたのに。
感情的に、なってしまうから。

「僕も、君の事は言えない」
窓に背をもたれ、室内を超えて、どこか遠くへ向けられる視線。

「刹那が彼を連れて来たとき、少し期待してしまった」
生きていたのか、と。

「知識としては、知っていた」
双子の弟の存在を。

「もしそうだったら、嬉しかったな」
彼が戻ってきたとしたら。

「そうだな。きっと、とても嬉しかった」
閉じられた瞳。
その口元は、微かに、笑っている。
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