長い話

□君の世界〜序章〜
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男の名前はジョットといった。


スーツ姿にマントを羽織り、革靴を履いた足を音を立てずに歩く。
華奢な体躯に金色の稲穂の様な髪。丹精込めて蒸留した上等のウィスキーを思わせる瞳。
年齢は十代とも見て取れたし、二十過ぎてるといわれればそうも見えた。
一見見た目は弱く柔らかそうな雰囲気だが、男の中にある強い意思がそういったものを払拭している。

優雅に歩く足取りは確かで、一切の迷いも無く前へと進む。
先に進む毎に生まれる花々に目を遣りながら、ジョットは歩く先に道を創る。

ここは、基本的に白い世界で何も無い。
それを意思あるものが創造して初めて有となる。

ジョットという人間は当の昔に鬼籍に入った存在だった。
しかしここは、死人が往くといわれる「常世」とは違う場所。
三途の川と呼ばれる場所とも違う。
生身の生き物は一切存在せず、精神体や、魂だけの存在が此処に来る事を許され、さらに強い意志を持つ者のみがこの世界にたどり着ける。

「現世」の世界の裏側、表裏一体の世界。


ジョットは常世に向かわず、この世界に留まる事を選んだ。

理由は色々あるが、それは彼だけが知っている事なので、誰もその理由を知らない。



「ん・・・・・?」

暫く歩いていたジョットだったが、その先に道が出来ていない事を訝しげに眉を顰めた。
自分が創ってきた道が彼の後ろで延々と伸びている。
しかし、彼の前方は道がパタリと途切れてそれ以上創られる事を拒否するかの様にジョットの行き先を阻んだ。
よく見るとぶつりと切れた道の突き当たりに、白い壁がそそり立っていた。
何処も彼処も白い世界なので、近寄って見ないとそこに同色の壁がある事に気づかなかったのだ。

近づいて、どこまで続いてるのかと左右を見渡すと、その壁が何かを取り囲むかのように湾曲してた。

(何がこの壁の向こうにある?)

今まで長い事この世界にいたが、ジョットの意思を阻んでまで存在する物というのは滅多に現れなかった。
明らかに強い意志を持った存在が創った壁。
多分この壁の向こうに創造者がいるだろう。
ジョットはぐるりと囲む壁の突き当たりを探すべく、自ら創った道を逸れて壁伝いに歩き始めた。





(・・・何処まで続くんだ?)

かなり歩いてみたが、行けども行けども、白い壁が続くのみ。
中に入る門どころか扉すら見当たらない。

「・・・・・・あー、戻ってきてしまったか」

気付けば元の花の煉瓦道。ぐるりと一周してきたようだ。
結局何処にも入口らしき物はなかった。
ふむ、とジョットは少し考えた。
この中に何かあるのは間違い無い。
何かあってほしい。
だってその方が面白い。

彼は基本的に楽天家だった。
楽しい事、面白い事が好きで、何か興味を引くものがあると迷わず首を突っ込むタイプである。
だからこの壁の向こうに何かがあると期待する。恐ろしいものが出てきても、それはそれ。自分の力でどうにでも出来る。

「とりあえず、扉を創ってみるか・・・」

壁を創った創造主より、強い精神力で念じれば、壁に扉を創れる。
もしダメなら破壊して穴を開ければいい。
創るより、最も簡単な作業だ。

少々物騒な事を考えながら、ジョットは集中するために目を閉じ、手のひらを壁に当てる。

そこに、扉があることを強くイメージして・・・・・



そして、果たして扉は創られた。
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