名前変換など

□その名を呼んで@
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ひた、ひた、と嫌な音が辺りを支配していた。



すでに日が落ちてから数刻がたつ。
森は闇に包まれ、既に一寸先を認識するのも困難になっていた。
さらに、日暮れ前から降り出した雨が視界の悪さに拍車をかける。

その森で、木々の間を這いずるように進む、影。






小さな影は辟易していた。

普段であれば木々の間を飛ぶように移動するのに、今はそれも出来ない。
思い通りに動いてくれない手足に、この雨。
森はいつも影の味方だったが、今日ばかりはこの状況全てが悪い方へ向いているのを認めざるを得なかった。

いつの間にか膝が折れて地についているのに気づいて、少し体を休めようかと動きを止めた。

目に付いた太い幹に手を付いて体を支える。

そのあまりに緩慢な動きに自分の事ながらため息が漏れた。

軽く頭を振って水を飛ばす。

濡れて重くなった服は、動きを損なう。それは、雨のせいだけではなかったが。

木に寄りかかりながら腹に手を充ててみると、雨ではない、ぬるりとした感触があった。

その先を辿ればざらつく手触り。

思ったより、傷が深いのかもしれなかった。

再び息をついて体を持ち上げる。
休ませたはずの体は、先程よりも数倍重くなったように感じた。

ひた、ひた…
「はやく、帰らなきゃ…」




予定では、今日中に館に到着するはずだった。
そう、文も出した。

約束を違えることなんてあまりないから、心配しているかもしれない。

酷くぼんやりした頭で考えてから、影は歩みを再開した。



それは進むとは言い難い速度で。
しかし確実に前へ。
水溜りに足を取られて地面に倒れ込むその時まで、影は進むことを止めなかった。

「かえら…な…きゃ…」
影の意識は此処で途切れる。

漆黒の森の中、雨は止む気配もない。

影はただひとつのものとなってそこにあった。
誰もいるはずのない闇。
ひた、ひた…

そんな中で、
頬に、小さな熱が触れたような、そんな夢を、影は見た。



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